私は50代の女性である。


40代半ばで腕が上がらない更年期障害を経験した

右腕が治ると同時に左腕にきた。激痛の為仕事も休み耐えた。鎮痛剤も効かずただただ耐えるのみ。当時を思うと何をしていたのかわからない(笑)その激痛はある日突然と治るから不思議だ。

ホルモンと関係していたのかもわからない。五十肩で激痛の方心配しなくて大丈夫!だから〜


50代なって、これまでのツケが回ってきたようだ。ある日胃が痛くなり病院へいくと神経性胃炎と言われる。二ヶ月後朝胸が焼ける感じがして動けなくなる。しかし数分で治る。病院で症状を言うと、逆流性食道炎と診断された。聞いたことあるがまさかなるとは思ってなかった。初めは胃酸が上がってくると胸を叩きたくなる。何かが胃から上がってくるのがわかる!食道が痛い!慌てて胸を叩く。数十秒で何かが下がっていくと何もなかったように楽になる。それを何十回も繰り返してるうちに食事が怖くなる。お粥を食べるようになった。お腹も張ってる感じで食欲も落ちてきた。

なんかおかしいがずっと痛いわけでないので仕事もしていた。それが半年くらい続いた時背中が痛いような胃が痛いようなどこが痛いかわからないようになり声は枯れ息するのがキツくなりダウンした。自宅療養の為休みを取るが全く改善せずどんどん痛みは増し食欲も落ちて体重も10キロほど落ちた時に運良く友達が良い病院があるから検査に行こうと連れて行ってくれた。医者はこれまでの医者と違って真剣に聞いてくれた。カメラを勧められ後日受けた。逆流性食道炎軽症と診断された。食道が二箇所タダレていた。軽症なのに何故こんなに痛いのか尋ねると、知覚過敏になってると言われた。知覚過敏は神経性のもので痛いと思うとその神経が食道の裏にあるため過敏に反応するそうだ。痛いのは間違いないが思い込みがよくないと言うわけだ。痛いのに痛くないと思うのは難しい。食べ物は何食べてもいいが、良く噛む事腹八分にする事21時以降は食べない事を言われた。これを守ると改善が早い。1年これを守りながら胃酸抑える薬と粘膜保護剤を飲んだ。今はあまり飲まなくて良くなった。ここからが本題だが。私はダウンしてから痛みで精神的にきてしまい鬱を併発した。これが厄介なもので今まで普通と思ってたことが出来なくなる。正しくは恐怖になる。人と会うのも恐怖。お風呂に入るのも食べるのもトイレもありとあらゆる事をする事が恐怖なのだ。1番は光だった。光が怖くてカーテンを開けれない。そして頭の中にたくさんの恐怖思考が出てきてぐちゃぐちゃになるので安定剤を飲み震えながら布団にくるまる。自分が行動したら何かよからぬ事が起こるのではと言う思考が消えない。ほとんどの精神疾患はこれが強く出るから引きこもりになると聞いた。どんなに大丈夫と言われても受け入れれず食べる事にも罪悪感が出るので食べれない。引き金は身体の不調がいつ治るのかわからない事だった。しかし身体が良くなってきても又なるんではないか?このまま仕事も出来ず暮らせるのか?などと考えてしまう。考えすぎるくらい考えるので脳がパンクして疲れはて寝込むを繰り返す。そんな私をひとりの友人は見捨てず2日に一度様子を見に来てくれた。そして私のそばで何も言わずいてくれた。少しずつ外に連れ出してくれて自ら行きたいと思うようになった。彼女の口癖がボチボチね。これが心を癒やしてくれた。焦りと不安だった心がゆっくりと解けていった。ボチボチでいいんだ。私は頑張らなくていいんだと思うようになった。職場の社長も救いの神だった。休んで半年過ぎた時、社長から休んでるのが罪悪感と思うなら休むのが仕事と思えば罪悪感は消えるでしょ。と言ってもらえた事だ。この言葉で罪悪感が消えてゆっくり休もうと思えた。

長くなってしまったが、私が学んだ事は。

寄り添う事の大事さだった。多くは頑張れと言うがこれがかなりの負担を強いる。頑張れは目指してる人に言うと効果的だと思う。私の様にやろうと思っても痛みで動けない人に頑張れはキツイ。地獄言葉だ。頑張らなくていいと言われた方が自然と頑張るのが人間なのだ。特に精神疾患の人には効果的な言葉だと思う。精神疾患を発症するのは根が真面目だから頑張らなくていいと言われたからとサボる事も嘘偽りもない。むしろ恩返しの為に有り難く休養し復活した時には数倍の力を発揮する。逆を言えば数倍の力を発揮するタイプだから疲れやすく鬱になりやすいのだと学んだ。これからはバランスを大切にして人の役に立ちながら自分の時間も作ろうと思っている。


50代は色々と気付く年齢なのかもしれません。

健康以外に大切なものはあるのか考えさせられ周りの人達の優しさ器の広さに感謝し復帰までボチボチと速度を上げていきます。


コロナだけどこれも意味があるのかもしれません。

最後まで読んでくださった方ありがとうございます😊