マリアの最初のキャラクターソングとして、ゲーム「サクラ大戦」では個別エンディングで一部が流れた。フルバージョンはCDアルバム「帝劇歌謡全集」に収録。
 音楽ジャンルはジャズ、特にモダン・ジャズに相当する分野で、ジャジーな雰囲気という言い方がぴったり来るような、都会的、洗練、気怠さの中に激情が交錯する曲調。
 歌詞の内容が悲劇的である事や、マリアの過去の恋を扱っている事から、大神隊長との信頼感や恋愛感情が生まれた後では使い所の難しい歌ではあるが、深刻すぎる印象を逆手に取ったギャグとして使われる事もある。

特徴
 テンポはイントロが60、歌が57~58、間奏が60~61BPMくらいと、歌に入ると若干テンポがゆっくりになる。曲の展開に応じて演奏者同士が呼吸で合わせている感じの「溜め」やテンポの変化がある。
 調はホ短調で、明確な転調は無いが「あの夏の日熱い思い」の所でドッペルドミナントによる一時的な転調がある。歌パートは和声的短音階でブルーノートも使われる。
 ピアノパートは和音ごとに対応するスケールを選んで使う「アヴェイラブル・ノート・スケール」で即興演奏される。このため、耳で聞けば流れるように滑らかなフレーズが続くが、楽譜にすると臨時記号が非常に多く、調性も判別しづらい。
 ジャズらしいテンションの加わった音使いは、その「テンション」の名の通り、緊張感や不安定さを描く歌詞の内容と合ったものになっている。

編成
 バンド編成は、1960年代以降のジャズ・コンボの精髄「ピアノトリオ」にボーカルが入る形。このピアノトリオは1930年代のビッグバンドジャズとは対極にあるとも言える、管楽器を含まないリズムパート三人だけの即興性の高い演奏形態。
 リアル大正にはまだないジャンルというだけでなく、歌謡曲としては現在に至るまで、ここまで本格的なジャズの曲は無い、という事が田中公平氏の発言から伺える。(以下の「テンションについて」の項目を参照)
 サクラソングの目的でもある「現代の歌謡曲を作る」という意思が明確な曲とも言えるが、サクラソングは全体的にショウで使う事を想定した曲が多い事もあり、演奏に専門家が必要なコンボジャズの曲はBGMを含めても数曲しかない。
 この曲も初期のサクラソングに特有の「例外的な曲」という事になるのだろう。

ボーカルの音域
 マリア役の高乃麗さんの特異な声域に合わせた、E3~B4。
 アルトの音域より低い音が含まれるため、カラオケで低い所が出ない女性ファンも多い。また、男性にとってはテノールより高い音域になる。
 マリアの低音は他の歌では、E3が第一期ドラマCDの曲『シンデレラ』にあり、さらに低いC3が(フェイク気味ではあるが)「花咲く乙女」に出てくるなど、初期の歌にだけ使われる。それより後のサクラソングではカラオケで歌われる事を考慮したものか、マリアの担当音域はアルトの範囲に収まるものになっている。

テンションについて
 ポピュラー音楽では和音は四つの音で作られるものを基本とするが、その四つの他にも加えてもいい音がある。和音の響きに緊張感や不安定さを与えるので「テンション」と呼ばれる。楽譜上では、コード名の横のカッコの中に9以上の奇数が書かれていればそれがテンションである。
 オクターブの中に音は全部で12あるが、そのうちの使える音を全部使う事で作曲の幅を大幅に広げることができる。具体的には、少数の「これを加えると和音の意味が失われてしまう音」を探して取り除き、それ以外の音を組み直してスケール(音階)を作り、そこから旋律を生み出していく。このスケール自体が一種類ではなく選択可能で、使われた例があまり無いような特殊な音階を組む事もできる。
 つまり基本の和音にテンションを加えると響きが複雑になるだけでなく、旋律の選択範囲が大幅に広がる訳である。
 この考え方と実践方法が、田中公平さんが留学したバークリー音楽院の「バークリーメソッド」の根幹部分になっている。
 田中公平さんがテンションの例として2009年7月1日のブログの楽曲解説で触れているのは『さくら前線』のサビに1音だけ入っている#9の音で、この音はテンションの中でも限られた特殊な種類のスケールを使わないと出てこない。#9とは要するに♭3と同じ音なので、メジャーコードの上でマイナーコードを表す音が鳴る事になり、和音の長短の区別をなくす音とも言える。
 この音について公平さんは「今までに、歌謡曲と言うジャンルにおいて、シャープ9みたいなもろジャズ風の音を使った曲は聴いた事ありません」というコメントをしているのだが、『オンリー・マン』は歌謡曲と言うよりはまさに「もろジャズ」のため、#9も1音ではなく全体の1割程度の小節内で使われている。

即興演奏
 コンボジャズでは、基本的な事だけを指定して、実際の演奏は演奏者がアドリブで行う、という方法で曲が演奏される。
 この曲の場合も、コードとテンポと小節数、イントロやエンディングについては作曲者と編曲者が決め、それ以外はアドリブによる演奏と思われる。おそらくCDに収録されたテイクの他にも、別テイクの録音もあるのではないだろうか。
 世界各国の非常に多岐にわたる音楽ジャンルが使われるサクラソングにおいては、その曲のジャンルの専門家が演奏に参加する事が多いのだが、本曲においてもジャズを得意とするミュージシャンが高度な演奏を行っている。

ミュージシャン
 CDブックレットにクレジットされているミュージシャンは各楽器パートごとに複数あるが、田中公平さんのコンサートMCで、サクラソングで難度の高いピアノ曲の演奏を依頼している人として名前を挙げた事から、本曲のピアノ担当は島健さんである事が伺える。
 島健氏はトップスタジオミュージシャンとしてのみならず、作・編曲家や音楽監督としても知られ、ジャズピアノの分野では本人もピアノトリオを率いて演奏活動を行っている。サクラソングでも多くのアルバムにクレジットされ、即興演奏や高度な技術や表現が必要な曲での演奏を担当している。


ライブバージョン
 歌謡ショウ「愛ゆえに」では、マリアの独白シーンからこの歌にかけて、田中公平さん本人がピアノを担当していた。
 また、編成もショウの生バンドに合わせ、ミュートトランペット、トロンボーン、サックス、ハモンドオルガン風のシンセが加わり、間奏ソロもトランペットになっている。
 編曲は宮崎慎二さんが担当している。
 
 1998年12/23の「花組クリスマス・奇跡の鐘」ライブでの生演奏では、ギターが前面に出たアレンジ、間奏はサックス奏者・森田真人さんによるアルトサックスソロになっている。編曲は多田彰文さんが担当。


『オンリー・マン』へ  トップページへ