おはようございます。

 

昨日の続きを書いていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

母が集中治療室に寝ていて、私と父は医者からの説明を聞いていました。

 

その時兄も到着していました。

 

兄はその母の姿を見てすぐ外に出てどこか行ってしまいました。

 

 

『くも膜下結核で、、』

『脳死、、、』

 

医者のその言葉の意味が

 

わかりませんでした。

 

私は聞きました。

 

『心臓は動いているんですよね?』

 

『電気で動いています。』

 

『前みたいに普通の生活はできるんでしょ?』

 

『不可能です。』

 

『!?』

 

『1ヶ月もつか一週間なのかわからないのです。』

 

 

 

 

 

死。死?死。

 

 

医者に家族だけが待つ待合室へ行ってくださいと言われ

 

廊下を歩いたけれど歩けず

 

膝ががくんと床につき丸くなって悲鳴をあげ泣き叫びました。

 

心が締め付けられて苦しい。

 

 

看護師さんが支えようとしたりさすったりしてました。

 

父が私の体をさするその手は気持ちが悪かったけど何もできなかったです。

 

 

 

椅子に座る兄。父。私は床に座る。

 

 

 

兄と外へ出ました。

 

カラオケの人たちもすでに帰っていました。

 

時間は遅かったし覚えていません。

 

 

兄は『これは母ちゃんが出した宿題なんだよ。』

 

と言いました。

 

兄は冷静でしたがタバコを吸いました。

 

 

『これを乗り越えて頑張りなさいよって言ってるんだよ。』

 

 

 

私は外の空気が冷たく感じたし、兄がどんな思いでそう言ったのか

 

理解できませんでした。

 

 

 

 

その日は帰るよう医者に言われました。

 

私は医者の白衣を握りしめ

 

『お願いです、母を少しでも長く生きて、、、助けてください』

 

と言いました。

 

 

 

目の前がクラクラしていたし、その後のことは覚えていないしその夜は

 

眠れませんでした。

 

 

朝まで座っていたと思います。

 

 

 

母にべったりだった猫がいました。

 

 

私は世話は母に任せっきりだったけどその頃よく遊んでいたと思います。

 

それほど私に懐いてなかったけれど猫は母がいないから家の中を

 

うろうろしていました。

 

 

名前はミー。

 

 

 

次の日病院へ父と行きました。

 

看護師さんのやることを私もやりたいと言いました。

 

母になんで今まで何もしてあげられなかったんだろう、なぜ今こんな

 

状態になってやるんだろうと自分を責めました。

 

家にいる母を最後に見たのは、母が誰かと電話をしていて話している姿でした。

 

それでも私は黙って出かけて行ったんです。

 

それが最後だった、とたくさん悔やみ少し頭がおかしくなりました。

 

 

 

 

母の体を拭いたり、髪を洗ったりしました。

 

母の胸に耳を当てるとかすかに聞こえる人工的に動いている呼吸。

 

『ウ、ウ、』

 

 

お母さんの声だ!!

 

何か応えてくれてる!!

 

と喜びました。

 

そばに父はいて欲しくなかったです。二人だけにして欲しかったです。

 

 

面会の時間は限られていたと思います。

 

寝れない日が続いていました。

 

 

毎日病院へは行かせてくれませんでした。

 

 

父が寝ろと言います。

 

でも3、4回くらい病院へ行って介護したりしました。

 

私は食事をとることもできなかったのですが、父は食え、と言います。

 

今更私に何か言うな、と父への怒りもあったのですが

 

 

肉体的にも精神的にも疲れていました。

 

 

 

 

その一週間後、本当にちょうど一週間後に病院からの連絡で

 

 

母の死を告げられました。

 

兄も家にいました。

 

父は椅子に座っていました。

 

 

私は立ってそれを知りました。

 

 

立ったまま涙とよだれが流れ

 

口は開いたまま

 

立っていました。

 

 

 

 

目の前は白い靄がかかったようで目がクラクラし、吐き気がしました。

 

 

 

自分の部屋で吐きながら泣きました。

 

兄に支えながら、母は死んだという事実を体で感じました。

 

息は苦しくできませんでした。

 

 

 

 

続く

 

 

satomi