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モネ―印象派の誕生 (「知の再発見」双書)/創元社

¥1,728
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マルモッタン・モネ美術館所蔵 モネ展
場所:東京都美術館
最寄駅:上野駅
会期:2015年9月19日(土) ~ 12月13日(日)
時間:9:30~17:30
料金:当日券 一般 ¥1,600
●感想
*初めて、絵画の展示会を訪ねた。上野駅の改札を出ようと思ったら、何やら列ができている。駅中のお店の人気店か何かと思い、先頭をのぞいたら、何かのチケットの自販機。よくよく見ると、上野の美術館・博物館のチケットの自販機だった。
チケットの自販機があることにも驚いたし、モネ展がここまで人気があるのにも驚いた。
*油彩は、遠くで見るのと近くで見るのでは、全く感じ方が違う。近くで見ると、なにやらごつごつしていて、その質感は味わい深いものがあるけれど、絵としては特になにも感じない。しかし、ひとたび、後ずさりして、一歩一歩と後方から眺めていくと、鳥肌が立つような印象を醸し出してくる。油彩は、本当に不思議だ。つくづく、そう感じた。
●作品
<クロードモネ>
『印象、日の出』:
*クロード・モネの一番人気。この作品だけ、約10㎡の区画で単独で展示されていた。真っ暗な区画に、『印象、日の出』に対してのみ照らされる照明。ホント、日の出が浮き上がっているかのような、印象を抱いた。とても、キレイだった。美しかった。
海の水面、朝の靄、それにきらめく日の出の光、そして日の出。全てが一体になっていた。
*また、意外だったのが、思ったより小さかった。
『小舟』『睡蓮』
*印象派というのは、写実派と何が違うのだろうか。確かに、精密に現実で見える風景を模写するのが写実ということであれば、印象は、その現実から得た自分の頭の中の、まさに「印象」をキャンバスに落とし込んだもの、と表現できるのだろうか。
しかし、よくよくこの『小舟』・『睡蓮』を見ると、池の水面の光の反射具合、池の中にゆたやかに漂う水草の質感、水面に映りこむ風景、全てが緻密に、作者の印象が落とし込まれていることに気付く。
*知らなかったのが、モネの睡蓮は、こんなにもたくさんの睡蓮を題にした作品があるということ。展示されていた睡蓮は、7つ。どれも、素晴らしかった。
『バラの小道』『日本の橋』『しだれ柳』
*モネの晩年の作品群。同じ題材について、何枚もの作品を残している。目が悪くなってしまったモネ。それでも、自宅の庭先にて、美を追求し続けたその痕跡に、鳥肌がたつ。
*印象派は、あくまでも、目の前の題材を描いているのではなく、その題材から得た頭の中の、まさに印象を、キャンバスに落とし込んでいる。だから、同じ題材でも、その時その時で感じた微妙な印象をキャンバスに落とし込めるのだと思う。
*『バラの小道』は、本当に美しかった。なぜ、近くに寄ると、バラのアーチも小道もその輪郭を把握できないのに、遠くから見ると、ゆたやかであふれんばかりの多種多様な色合いの中に、その対象の輪郭が浮かびあがってくる。目が悪くなっているのに、なぜあんな絵が描けるのか。すごすぎる。
<ポールシニャック>
*『ルーアン』・『カオールのヴァラントレ橋』・『ヴェネツィア』・『グロワ島からのマグロ漁船の出帆』
水彩画で、ここまで豊かな水面の表現ができるのか。すごくびっくりした。美しかった。
また、印象として、色が少なかった。豊富な配色ではないのに、どうしたら、こんなに豊かな情感がわくのだろうか。不思議だ。
●ものづくり
*死ぬまで、その直前まで、モノを作り続けたい。特に、モネの晩年の『バラの小道』・『日本の橋』を見て、モネの絵に対する、執拗なまでの情熱・固執・追究のようなものを感じた。自分も、モノづくりに対して、ぜひそうありたいと思った。
*日本の伝統的な美である、「余白」というものを追究したい。改めてそんな風に強く思った。写実派でもなく、抽象派でもない。日本ならではの伝統美。ぜひ、追究してみたい。
また、その上で、「幽玄」「詫び・寂び」を描きたい。またそれだけでなく、ゴッホのひまわりや、モネの睡蓮のような明るくて色彩にあふれている絵を描きたい。そんな思いを改めて強くした。
□その展示会に行くことになった経緯
*印象派が好きだから。クロード・モネが好きだから。
*天気もよく、連休だったから。
□出品作品リスト







