N子の執念
以前、我が家に「 N子 」という猫がいました
変わった性癖を持っていました。
誰かが床にモルタルを塗っていると、その上を歩いてみないと気が済まないのです。
( 写真はお借りしました )
ある日、新調した流し台に高さを合わせ、台所床のモルタルを塗り直して貰ったのです。
すると、作業をしていた左官屋さんから呼ばれました。
「 お宅の猫がウロウロして、邪魔なので、どうにかしてよ 」
「 床の仕上げ撫でが終わる途端、待ってたように横断する 」
「 その手直しが終わったかと思うと、また来て横断する 」
「仕事にならないよ 」
私はN子を抱えると、奥の部屋に連れて行き閉じ込めました。
書斎にいて、暫くすると
「 ああぁー! 」
と左官の悲鳴が聞こえます。
飛んでいくと、何度目かに仕上げたモルタルの上をN子が、歩き回っているではありませんか。
窓が開いていたのでしょうか。
うっかり家内が戸を開けたのかしら。
左官は文句たらたらで、私は恐縮するばかり。
ところが、そうしている間にもN子は、モルタルの床に踏み込もうとするのです。
その寸前、私は、やっとのことで、その体を掴むことが出来ました。
ところが、N子は驚くほどの頑強な抵抗を見せるのです。
体の重心を低くし、クロールのように前足を交互に伸ばし、捕まえている私を引きずりかねないほどの力を発揮します。
遂にN子は私の腕を脱しモルタル床に飛び込もうとしました。
私は辛うじて尻尾を捕まえ、綱引きのようになったのです。
必死の形相と、その執念には呆れてしまいました。
それから暫く経った、ある日のこと。
公民館の駐車場を通ると、工事が行われています。
公道からの入口部分にコンクリートを張っているようです。
( 写真はお借りしました )
作業は大方終了し、表面を鏝(こて)で仕上げています。
すると作業員が大声を上げました。
「 ああー! また猫が来たー! 」
ハッとして振り返ると、ちょうど猫が、コンクリート仕上げ面に片足を踏み込んだところでした。
見ると、それはN子なのです。
「 こらーっ! 」
作業員の大声に驚いたN子は、わざわざコンクリートの中央を走って逃げたのです。
まだ乾いていない表面に、二列の足跡が鮮やかに残りました。
作業員は悪態をつきながらも綺麗に手直しをし、仕上げ終えると、ビニールシートを掛けて帰っていきました。
翌朝、気懸りな私は、現場を通ってみたのです。
ちょうど、ビニールシートが取り払われるところでした。
作業員の中から驚きの声が上がります。
「 あーっ! 」
もう固まってしまったコンクリートの表面に、またもや二列の猫の足跡が、くっきりと刻されていたのです。
N子の執念のなせる業に違いありません。
夜中に、誰もいなくなった現場に行き、軟いモルタルの上を、独り心行くまで踏んで来たのでしょう。
私は逃げるように、その場を立ち去りました。
( 写真はお借りしました )