子供が小さかったころ、
国旗カードをやってみたり、
公文のプリントをやらせたり、
あちこち連れて行っていろんな体験をさせたり
友達とたくさん遊んだり・・・
いろんなことをしていく中で
こうしたことは子供の成長にどれだけ意味があるのか?と
思っていた部分がありました。
比較的周りのお母さんたちは
知識詰込みではない方法を重視する
教育熱心な人が多くて
みんなすごいな~と
感心させられることも多々ありました。
そうした子供たちが
実際に中学、高校生になり
あのころの働きかけがどうなっているのか?
まじまじと見る機会が増えています。
結論は…
子供によるということです。
濱中先生や親野先生の育児本にでてくるようなことを、
すべてやっているお母さんがいました。
子供のことをよく考え、
毎日コツコツドリルをやらせて
体にいいものを食べさせ
家族であちこちお出かけして
音楽やスポーツも習わせていました。
こんな風に育てられると
どんな子に育つのだろう・・と
成長を楽しみにしていました。
みんな
好きなことを見つけて打ち込み、
友達もできて、優しく
とてもいい子に育っています。
内面的なことは多分そうした働きかけが
大きく影響するのでしょう。
気持ちが安定したり、物事への興味が広がる機会が多いので
他の人に対しても優しくなれて友達が多かったり・・
ちゃんと行儀よくふるまったり・・
打ち込めるものを自分で見つけたり・・
一方で、学力的にはまちまちです。
ドリルをやっても
濱中先生の塾に通っても
勉強が得意な子もいれば
そうでない子もいます。
日本は
小学校に入ると、中学校、高校、大学と
知識面から測られた学力で評価されることがほとんどです。
テストの点数で偏差値がきまり
偏差値によって行ける学校が決まってきます。
そうした学力に対しては
あまり影響がないように感じました。
勉強が好きな子、合う子は伸びるし
そうでない子は苦戦します。
小学校の時に毎日プリントをしていても
毎日公文に通っていても
放課後の居場所が図書館でも
子供によって必ずしも
それが学力の高さにはリンクはしていないように感じます。
もちろん、そうでない場合もあります。私の個人的な感覚です。
今、そういう状況をみて思ったことは
教育指南書に忠実に行うのも一つですが
やはり、
子供としっかり向き合って
社会の道理を教え、
いろんな経験をさせて
子供の好きなことをさせるのが
一番なのかなと思います。
そして、学力にフォーカスしすぎるのは
逆効果になることがあるように思います。
社会の道理を教えて
勉強の必要性を感じた子はきっと自分からやるだろうし、
本を読んでその世界に引き込まれた子は
読書好きになると思います。
勉強を頑張るというのは
子供の個性の一つであって
あまり強制して作っていくものではないようにも感じました。
ただ、それでもある程度の学力は必要なわけで
そうしたときに子供にあう環境を作るのは
必要だと思います。
あまり勉強ができなかったとしても
一つ一つシステマティックに進めていく学校に通うと
「やるべきことはやらないと」と真面目に考える子や
あたえられた課題をこなすことが苦でない子は
流れに乗っていくことで
学力を身につけていけます。
逆に
こまごま指図されるより
ある程度裁量を与えられ
自分でこなしていくことが合う子は
あまりきちきちした学校は合いません。
そうしたところは
実際通ってみないとわからないところが大きいですが、
私があれこれ学校研究をして感じたのは、
実際に通っている子の話が
一番リアルかなと思いました。
たくさんある選択肢の中から
子供にあった環境を選ぶことは、
こうした視点からも大切な気がします。