今年はお盆に仕事が入っているので、前倒しで休みを取るため先週、今週の頭と、頑張って仕事を片付けました。



休みの期間は8/9(水)から8/11(土)の四日間、前半二日は家族旅行、後の二日間は、あと一ヶ月少しとなってきた関西AFVの会に向けてのKV-85の製作と、目一杯休みを使いたいと思います。
取り敢えず休みは、まだあと一日あるのですが、前回更新が遅くなったので、早めのアップということで、KV-85の続きです。
車両と絡めるフィギュアですが、これに決定。


ミニアートのSOVIET ASSAULT INFANTRYです。冬季迷彩装備で戦車に跨乗している歩兵5体のセットです。
早速組んでみます。フードと顔が別パーツになっていて組んでいくのですが、組んでしまうと一体になってしまうので塗装の際にはあまり意味が無く、モールドも別パーツになってても素晴らしいわけでも無くて、あんまり意味が無いパーツ割になっています。
またフードが細かく分割されているので組み立てる際にパズルのようで悩みます。体の方は結構いい感じなだけ、頭部のパーツ割で損しているように思えます。




組んだのを、KV-85に載せてみました。結構いい感じに収まりそうです。
次は車体の続き、冬季迷彩の上に凍った雪を乗せて行きます。

凍った雪の材料、方解石の粉末。日本画の材料だそうです。番が細かさ、シリーズというのは何なのか不明です。番数は数字が大きくなると細かくなるようで、細かさも色々あるようですが1/35なら6番ぐらいがよいようです。

方解末だけだとサラサラの粉末なのでつなぎというか接着剤としてマットメディウムを使います。これを適量入れて筆で車体の雪が吹き黙りそうなところに塗っていきます。
塗った当初はマットメディウムの水分で液状ですが乾くと凍った雪らしくなります。


白い上に白いものなのでわかりにくいですが、さらにこの上から汚していきます。
あと足回りも雪や泥で汚さねば。
おまけ 宇和島九島旅行記
京都から片道500キロ、愛媛県は宇和島市、宇和海に浮かぶ九島という島に一泊二日の弾丸旅行に行ってきました。
生来、京都生まれの京都育ちで、愛媛県はおろか、ましてや、この宇和島の九島とは、本来何の縁もなかったのですが、10年以上前に仕事でたびたびお伺いすることがあり、その時に懇意にしていただいたお客様から、一度家族で遊びに来たらと言っていただき、何度かお邪魔させていただくようになったのです。
今はもう、その地域の担当でもないのですが、ご縁はまだ続いており、去年、その九島に宇和島との橋がかかったとのことで、久しぶりに遊びに行くことになりました。
以前は農協フェリーで港によりつつ30分かかった道のりがどのようになったか楽しみです。
8/9(水)7:00に出発、京都南インターより高速をひた走り四国へ向かいます。

(走行中の写真は、取れないので嫁さんに撮ってもらってます)
片道予定6時間の旅の始まりです。
この日は高速に乗ってすぐ、天王山トンネルの辺りから、混みだし、途中流れることはあったものの、再び宝塚、西宮北まで渋滞は続き大分時間を使ってしまいました。

山陽道に入ると後はスムーズ、先ほどまでの込み具合が嘘のそうです。
三木ジャンクションより神戸方面へ向かい明石海峡大橋を渡って淡路経由四国へと進みます。

一路明石海峡へ


淡路島に突入一路四国へ。


淡路島南と鳴門を結ぶ大鳴門橋、いよいよ四国です。

徳島に入りました。まだまだ行程の三分の一ぐらいです。
休憩もそこそこに一路高松道を西へとひた走ります。
高松道から松山道へ入る手前ぐらい、観音寺市の辺りで12時過ぎ、そろそろお腹が減ってきたのでお昼にします。

掛けうどんとおにぎり、卵の天ぷら。
昔、仕事で四国を回っていた時に何度か行っていたうどん屋さんで、お昼です。
だしは少し濃い目ですが、うどんの腰はさすがさぬき。


JR四国箕浦駅の横にある西端手打「上戸」さんというセルフのうどん屋さんです。
箕浦駅は無人の駅で、乗客も通勤通学時間帯以外はほとんど、乗り降りが無いような駅ですが、ちょうど昼時だったのでこのうどんを目当てのお客さんで一杯でした。
お腹も一杯になったので再び、松山道に乗り、宇和島を目指します。






次は、伊予灘サービスエリアで休憩、名物の伊予柑ソフトを食べながらサービスエリアをぶらぶら。
晴れていたらきれいな景色が見えるのですが、この日は靄が出ていて良く見えませんでした。
ここが最後の休憩、あと一時間少しで宇和島です。
(ここから宇和島市内の写真を取り忘れていてありません。残念)

宇和島市内を抜け、向うに見える島が九島です。
右手が今回出来た九島大橋です。これを渡って向うへ行きます。


この九島大橋、島民の長年の悲願であり、この橋がかかったことは大変な出来事であったようです。
その証拠に、この橋、夏の間夜はライトアップされたり、橋脇にある九島大橋と名前の入った石碑の文字が、橋のかかった時のこの島の小学生の字であったりと、色々なことで橋がかかった喜びが感じられます。

(橋のライトアップ)

小学生の字としてはうまいです。


くねくねした島の道を通り抜け、以前の港があった所に到着。やっと着きました。
時間は3時半を少し回っていました。途中より道がありましたが、8時間半の旅でした。
ここからは歩いて5分ぐらいです。



島特有の路地を通り、到着です。
今日は島に泊まります。お言葉に甘えて、以前お世話になったお客様のところへ泊めていただきます。
仕事のご縁で知り合い、それが終わっても、今も続く暖かいお気持ちに感謝してもしきれない、本当にありがたいことです。
その夜、夕飯をいただいてから、先ほどの港で「扇舞」という踊りの練習をしているということで、見物に行きました。
「扇舞」は県の無形文化財に指定されているそうで、お盆の15日に初盆の家を周り舞を舞うという風習が九島に残されています。
高校生ぐらいの女の子が舞うのですが、子供の減少で一時途絶えたものを、また最近復活させたそうです。
今は一軒一軒回らずに、島にある真宗系の二ヶ寺の本堂で15日に踊るようになったそうです。


毎晩練習しているようで、なかなか見ものでした。
舞だけでなく、太鼓も練習されていて、歌というかご詠歌のような物も歌われていました。
しばらく見た後、宇和島本土に戻り津島町の温泉に。

今回お世話になった、以前担当させていただいていたお客様も、橋が掛かったので、時間を気にせずこんなことも出来るようになったと、喜んでおられました。
島にはお年寄りも多いので、緊急の事態にも対処できるし、橋が掛かった利益は絶大の様です。

再び、橋を渡り島に戻り、旅の疲れも有ってすぐに就寝。ぐっすりと眠りました。
京都と違ってカラッとして過ごしやすかったです。
次の日は、長居しても気を使っていただくばかりなので、別れを押ししみつつも、9時過ぎに出発、途中寄り道をしつつ、7時過ぎに京都へ戻りました。

これまで、橋が無く交通が不便でしたが、自然も豊かで色々な史跡や独自の伝統文化も残っている九島。
便利になって良かった半面、だんだんと外部の要らない物が入ってこないか心配ではあります。
出来れば、便利になってもこのままの純朴な風土が残りますように。