町内会長日記46>午前4時に集合して、体育会の選手に炊き出し命令くだる | 高齢者が忌避、やむなく30代で町内会長になったブログ

高齢者が忌避、やむなく30代で町内会長になったブログ

 「町内会長になりたくない」。拒否理由を大声で叫びまわり、他人に押し付けようとする醜い言い争いを演じた、逃げ回る高齢者たち。くじ引きで押し付けられた俺は、ここに日記を書く。

 「男女平等推進委員」という役職が、役員の中にある。
 任意団体の組織なのに、上部団体が推奨する構成要員として、そういう役職が定められていて、俺の町内会にも、そういう肩書の正副2名の委員が選任されている。

 町内会が任意団体ではなく、行政の翼賛組織だという証のような役職である。

 「男女平等推進委員」というのは、男女の社会参加を平等に進める、というのが本来の趣旨だ。もともとは、女性の地位向上運動をすすめる行政主導の翼賛組織の流れをくんでいるとも伝わる。


 その「男女平等推進委員」から、相談ともつかぬ悩みを打ち明けられた。
 1人で1週間くらい思い悩んでいたらしい。


 たまたま、この時期、校区体育祭を前にして、町内会長には、意外なほどに「役割分担が少ない」ので、不審に思った俺自身が、なにかとんでもない落とし穴があるのではないかと、設営や後方任務を担当する男女共と体育委員にヒアリングしたら、そういうことが分かったのだった。

 「男女委員は、選手となってくれる、町内の出場者全員に挨拶をして回らねばならない。体育祭の日は、早朝4時に公民館に集合して、炊き出しを行う。当日は炊き出し開始午前4時。炊き出し後は、中学校にゆき、役割分担に従って閉会まで担当をこなし、終了後は、午後6時すぎまで、撤収作業に従事する」

 そういうことを、今から打ち合わせをするので、来てくれ、と伝えられたというのだ。

 打ち合わせに行くのは、なんとかするが、当日、午前4時に起床して、だれのための炊き出しをするのか。質問すると、出場者の弁当なのだという。
 大変な作業である。

 世帯主の平均年齢が70歳を超えている「超高齢化町内会」が、俺の町内会である。
 高齢化率の高まりとともに、上部団体=連合町内会が主催する地域のイベントに要員を送り込むこと自体が、重荷になっていたのだろう。

 ある時期から、子供会が隣の町内会に吸収合併されていった。
 子供会が主催していた廃品回収もまた、独自のものはなくなった。
 体育祭への出場もできなくなり、町内としては不参加となった。踊りや競技に参加したい人は、隣の町内会のメンバーとして参加するしかなくなっている。

 今回、俺の町内から、体育会に出場する人間は、総数4名ということが、分かった。俺を経て参加申し込みするわけでないので、俺は当然知らなかった。

 この4名は、隣の町内会に便宜を図ってもらい、参加することになる。
 肩身が狭いが、そうするよりほかにない。個人資格で体育祭に出場できる道がないという点で、すでに破たんしている。

 4名は、隣の町内会の炊き出しの恩恵を受けるであろう。


 隣の町内会の立場にたって考えてみる。

 俺の町内会は、高齢化で、人が出せなくなった。
 でも、俺の町内から、競技に出たいという人もいる。
 ついでに加えてやってもいい。

 でも、私たちの町内会では、出場者のために炊き出しする習慣がある。
 俺の町民だけ、食うな、とかいえない。ついでに作ってもいい。
 でも、ただ飯をくわせるので、せめて労働奉仕くらいしたらどうなんだ。

 そういう感情だろう。

 運が悪いことに、俺の隣の町内会は、俺のところみたいに、田畑のまんなかに突然できた分譲住宅の慣れの果て、みたいな町とは全然違う。

 もう、有志時代の前から存在する、由緒正しい百姓集落で、それは、近年の土地売買で、どの家も大金持ちとなっている集落だ。俺たちのちっぽけな建て売り町内会とは、訳が違う。

 緊密な連帯感と歴史観で、いまなお地域の結びつきが強い。俺たちとは、まったく異質な町内会なのだ。

 もっと簡単にいうと、俺たちの町内会の全世帯は、かつては、彼らの田んぼや畑だったのだ。田畑をつぶして、ささやかに分譲販売された家屋に、我々は住み、今は全員が年老いて、体育祭にも出場できなければ、子供会さえ編成できなくかった。

 そのみじめな立場で、各種の機能を吸収されたが故の悲哀を、当町の担当役員が味わっている。

 早朝4時からの炊き出し。町内会あげての応援。多様な競技への出場。そういった活動が連綿と続く、りっぱな町内会に、「加えてもらった町内会」。みじめであろう。無念だろう。

 いや、ほんとうは、こんなくだらない体育祭のために全身全霊をかけねばならない理不尽とは、無関係でいられる喜びを感じるべきなのだが、当事者にとっては、そうではない。

 とにかく、となりの町内会は、今も、農村時代から続く、強烈な連帯感と、校区体育祭を一大事業ととらえ、運動会の主要競技の覇者でもある、選ばれた町内会としての強烈な自負を抱いている。

 だからこそ、そこのしきたりに従ってもらう必要がある。なぜなら、自分たちの一員として、「出してやってるんだから」。

 そのしわ寄せは、たまたま今年度、「男女平等推進委員」になった、〇〇さんに襲い掛かってきたというわけだ。

 自分の亭主は、単身赴任している。週末だけ戻ってくる。
 夫婦の時間はもちたい。だが、「男女平等推進委員」になったがゆえに、土日は労働奉仕でつぶれることがおおい。

 設営ごとになると、男の委員は力仕事。女の委員は、炊き出しと便所掃除。男女平等をを推進しているのに、どうして、女は便所掃除と、炊事。男は力仕事なのか。それだけでも噴飯ものだ。

 男女平等を推進している精神にも反する。いくら口で平等を叫んでも、言っていることとやっていることがまったく違うではないか。

 〇〇さんは、半泣きでそう訴えた。

 おまけに午前4時集合の炊き出しである。
 農家の田植えではあるまいし、会社員ばかりの俺の町内会には、そんなのが当然だとする常識はない。

 午前4時は、いくらなんでもできない。そう伝えると、じゃあ、いつからなら来れるんだ。と問いかけられたそうだ。

 あちらの立場も分かる。「おまえらの出場者の炊き出しまで準備するのに、一人の助っ人もださねえのか」そういう考えだろう。

 〇〇さんは、仕方がないので「午前6時ならなんどか」と伝えると、「そんな時間に来てもらっても、役にたたないので、もう来なくていい」と言われたそうだ。

 気分がいいはずがない。自分が我慢したらよかったのか。快く4時に引き受けるべきだったのか。思い悩んで寝れない日々が続いていたそうだ。

 俺は、聞いていて、こういった。

 私自身、この町にきて3年しかたっていません。ほかの役職をやったこともないのに、いきなり町内会長をやらされています。

 理不尽なことだらけです。

 〇〇さんが感じていることは、そっくり私と同じです。炊き出しについては、すでに相手が不要といっているので、出る必要はないでしょう。


 隣の町内会が、当町で出場する町民の炊き出しまでしていただけると言うことなので、町内会長として、何らかのお礼をするとすれば、それは、私が考えましょう。

 心置きなく、当日の男女平等委員としての任務だけに専念してください。そう答えた。