ロンのショパン《幻想曲》f-moll Op.49

 

Frédéric François Chopin

Fryderyk Franciszek Chopin

《Fantasie》f-moll Op.49

 

 

 

  今日採り上げるのは、ショパンの《幻想曲》へ短調 作品49です。

 

  此の曲は、ポーランドの作曲家フレデリック・ショパンが1841年に作曲したピアノ獨奏の為の幻想曲です。

 

  1839年よりジョルジュ・サンドと過ごしたノアンの地で、ショパンは數多くの傑作を生み出しています。そして、1841年10月20日、ショパンはノアンからパリにいる友人フォンターナに宛てて、「今日《ファンタジア》が終わった」と記しています。41年前後のショパンは、健康的にも、亦たサンドとの關係においても非常に充實した時期に在り、此の《幻想曲》作品49の外にも、《タランテラ》作品43、《ポロネーズ 嬰ヘ短調》作品44、《プレリュード》作品45、《演奏會用アレグロ》作品46、《バラード第3番》作品47、2つの《ノクターン》作品48といった作品を生み出していて、各曲は互いに影響し合い、性格的小品に分類される器樂ジャンルの枠を薄めると共に、夫々が深みと自由度とを増しています。

 

  幻想曲とは元々、形式に捉われない自由な樂曲を意味するもので、バロック時代から多くの作品が書かれて來ましたが、其の作風は時代によって變化していて、バッハからモーツァルトに至っては、其れは思い着く儘に樂想を並べて行った樣な者であったのが、ベートーヴェンは自由な序奏の後に1つの主題を提示し、其れが何回も變奏され、発展していくと謂う形を採りました。併し、ロマン派に成ると、逆にソナタの形を採る長大な作品に仕上げられる樣に成り、シューベルトの《流離人幻想曲》や、シューマンの幻想曲等は正しく其の典型であると云えましょう。 そしてショパンはソナタ形式を基調とし乍らも、序奏や中間部が組み入れられる極めて自由な作品に仕上げています。ショパンはバラードに於いて同じ樣な形式を用いているのですが、其れ等が3拍子系であるのに對して、4拍子系である事から幻想曲とされたのであると云います。

  

  又、晩年の傑作《幻想ポロネーズ(ポロネーズ=幻想曲)》の存在からも、ショパンはポロネーズと幻想曲を非常に近い存在ととらえ、「幻想曲」という形態に、即興的色彩は勿論の事、祖國ポーランドへの想いと幻想を自由に表現するという役割を附していた樣です。

  結局ショパン唯一の《幻想曲》となった作品49は、へ短調に始まり變イ長調で終わるものの、全體をソナタ形式風に捉えれば、序奏(Tempo di marcia)、提示部(agitato;68小節~)、展開部(143小節~、途中Lento sostenutoのエピソードを挾む)、再現部(236小節~)、コーダ(309小節~)と成りはするものの、幻想曲と謂うタイトルに相應しく、調と樂想の自由な交錯として解釋した方が自然であると云えましょう。「行進曲のテンポでTempo di marcia」と指示されたへ短調の導入部は、葬送行進曲のような暗い影に覆われ、一拍ごとに和音が附けられて重々しく進行します。一方Assai allegroと指示された変イ長調のコーダ部(322小節~)は三連符のアルペッジョで華々しく上り詰め、宛も勝利の宣言であるかの樣に終わります。此の二つの調、二つの樂想がショパンのポーランドに対する二つの幻想的心情としてこの作品を支配している樣にも思えて來るのです。

  形式性と即興性を兼ね備え、不均等な對稱性を保ち乍ら、ポーランドへの思いを自由に謳い上げた《幻想曲》は、ショパン独特の世界を創り上げると共に、《幻想ポロネーズ》へと連なる傑作群の中心的存在と謂った位置附けが為されて然るべきでありましょう。

 

  今日紹介させて頂くのは、マルグリット・ロンのピアノ獨奏に由り1929年に行われたセッション録音です。

 

  優れたピアニストであり、亦た教育者でもあったロンは、良く同僚のコルトーと比較されるのですが、浪漫的なコルトーに對して、より端正な演奏スタイルであり、現代の演奏スタイルにより近い樣な感を覺えます。そして、甘さと演奏の切れが絶妙のバランスで表現されているのに加えて、作曲家の遺した樂譜の音を金言とし、演奏者都合の變更を一切許さない姿勢は當時としてはかなりモダンな演奏樣式を持った一人であったと云っても過言では無さそうです。就中、斯うした原點主義的姿勢は、フランス近代作曲家から稱贊され、フォーレやラヴェル等から作品の獻呈や初演を受ける事と成って來ました。レバートリーはフォーレ、ドビュッシー、ラヴェル等の同時代のフランス作曲家を中心に、ショパンやバッハ、モーツァルト、ベートーヴェン等と謂った幅廣さを誇った樣です。そうした評判に違わず、此の《幻想曲》も端正にして、甘さと切れとが絶妙なバランスで表現されていて、名演と稱えられているコルトーの演奏とは亦た一味違った醍醐味が味わえるのではないでしょうか。

 

  餘談には成りますが、此の曲の冒頭のメロディーに、日本人の殆どが中田喜直の

《雪の降る町を》を想い浮かべてしまうのではないでしょうか?

 

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  Marguerite Long (Klavier)

  

(1929)