エルスナーのテレマン《36のクラヴサンの為のファンタジア》
Georg Philipp Telemann
《36 Fantaisies pour le clavessin》
36 Fantasien für das Cembalo
今日採り上げるのは、テレマンの《36のクラヴサンの為のファンタジア》TWV 33です。
後期バロックを代表するドイツの作曲家ゲオルク・フィリップ・テレマン(Georg Philipp Telemann, 1681 - 1767)はポリフォニックな構成感と優美な旋律の織り成す獨自のスタイルで、多くの作品を殘しています。其のテレマンが作曲した「ファンタジア(Fantasia)」と題された獨奏楽器のための作品は、フルートのための12曲と、チェンバロのための36曲、ヴァイオリンのための12曲とヴィオラ・ダ・ガムバのための12曲が有り、其の内ヴィオラ・ダ・ガムバの為のファンタジアは、2015年に成って初めて其の樂譜が發見されています。
ファンタジア、即ち幻想曲というのは抑々即興的な意味合いの性格を具えた曲であると云われている樣です。
《クラヴサンのための3ダースのファンタジア》(TWV 33:1 - 36)は、「無伴奏フルートの為の12のファンタジア」(TWV 40:2 - 13)と同じく1732年から1733年に出版されたもので、全體は12曲ずつの3つに分かれ、最初の12曲と3番目の12曲は、急-緩の二つの樂章からなり、最初の速い樂章をダ・カーポで繰り返す構成に成っています。最初の12曲は、ニ長調、ニ短調、ヘ長調、ヘ短調と上昇し、11曲目の變ロ長調の後の12番は變ホ長調です。此れ等12曲はイタリア樣式で書かれていると云って良いと思われます。此れに對して2番目の12曲は、緩-急の樂章の後に最初の緩徐樂章を繰り返し、其の後に非常に短い速いテンポの樂章が來て終わる形と成っています。此れ等の12曲は、夫々の樂章の指示がフランス語である事からも分かる通り、フランス樣式で書かれています。そして調性は短調が先行する同主調、即ちハ短調の次にハ長調、イ短調の次にイ長調が來るか、並行調、即ちロ短調の次にニ長調、ト短調の次に變ロ長調、ホ短調の次にト長調、ト短調の次に變ロ長調という組み合わせになっています。3番目の12曲は、基本は急-緩の樂章構成ではあるものの、中には緩-緩、或いは緩-急と謂った構成のものもあり、最初の12曲程の一貫性はないものの、フラット一つの調性ヘ長調とニ短調、シャープ一つの調性ホ短調とト長調と謂った組み合わせが基本となっています。此の12曲も、イタリア樣式で書かれていると考えて良いと思われ、 36曲全體を通じて2聲を基本としていて、一部に和音が加えられています。曲の進行は、對位法的な展開は餘り見られず、せいぜい音型の模倣が散見されるだけで、基本的にはホモフォニックで、特に此の傾向は3組目の12曲に於いて顯著です。此のクラヴサンの為のファンタジアは、「無伴奏ヴァイオリンのための12のファンタージア」や「無伴奏フルートのためのファンタージア」のような高度の技術は求められてはいないものの、斯と云って決して初心者向けの平易な作品では無く、一見譜面上單純に見えると雖も、洗練された構成と豊かな内容を備えています。特に2ダース目のフランス風の曲は、ギャラント樣式の曲想が感じられます。テレマンのクラヴサンの為の作品は極めて僅かで、CDで聴けるものは殆ど稀であるだけに、此の36のファンタジアは貴重な存在であると云えましょう。
今日紹介させて頂くのは、此れ等36の中の1ダース目、即ち第1番から第12番迄の所謂イタリア樣式の12作品で、ドイツの有名なチェンバロ奏者ヘルマ・エルスナーの獨奏に由り1950年代に行われたセッション録音です。
樂曲の構成は以下の通りです:
1.Fantasie ニ長調 TWV.33:1(3曲)
2.Fantasie ニ短調 TWV.33:2(3曲)
3.Fantasie ホ長調 TWV.33:3(3曲)
4.Fantasie ホ短調 TWV.33:4(3曲)
5.Fantasie ヘ長調 TWV.33:5(3曲)
6.Fantasie へ短調 TWV.33:6(3曲)
7.Fantasie ト長調 TWV.33:7(3曲)
8.Fantasie ト短調 TWV.33:8(3曲)
9.Fantasie イ長調 TWV.33:9(3曲)
10.Fantasie イ短調 TWV.33:10(3曲)
11.Fantasie ト短調 TWV.33:11(3曲)
12.Fantasie 變ホ長調 TWV.33:12(3曲)
エルスナーは幼少の頃より音樂に興味を示し、最初は個人教師に師事し、爾後エッセンとベルリンの音樂院で學び、優秀な成績で卒業した後、大學院課程に進み、エッセンの有名なフォルクヴァンク音樂學校で4年間教鞭を執った後、チェンバロの研究に專念し、ヨーロッパの多くの都市でコンサートを開催して大成功を收めると共に、シュトゥットガルトの南西トーンスタジオの室内オーケストラで演奏していました。
そして、1950年代初頭から1960年代後半に掛けて大バッハの獨奏クラヴサン作品とチェンバロ協奏曲、テレマンのチェンバロ幻想曲、ハイドンのチェンバロ協奏曲等の録音を殘しています。
エルスナーの演奏は謹嚴實直其の者と云って良く、日本人がステレオタイプで想い浮かべるドイツ人氣質が音になった樣な感じで、其の煌びやか装飾音を排し、メトロノームの樣にカクカクとリズムを刻む演奏は、フランス系奏者の其れとは對極のスタイルです。そんな譯で、さぞかし「つまらない演奏」だと思われるかもしれませんが、決してそうではなく、無骨な程丹念な演奏が却って曲の持つ魅力を引き出してくれている樣にさえ思えて來るのが不思議でなりません。
演奏メンバーは以下の通りです:
Helma Elsner(Cembalo)
(1955?)