ベルマンのプロコフィエフ《ロメオとジュリエット》

 

Sergei Sergejewitsch Prokofjew

Сергей Сергеевич Прокофьев

«Ромео и Джульетта»

Roméo et Juliette

"Romeo und Julia” Klavierbearbeitungen Op.75

 

 

  今日採り上げるのは、プロコフィエフのピアノ獨奏組曲 バレエ《ロメオとジュリエット》からの10の小品 作品75です。

 

  《ロメオとジュリエット》は、ロシアの作曲家セルゲイ・プロコフィエフがイギリスの劇作家シェイクスピアの悲劇《ロメオとジュリエット》に基づき作曲したバレエ音樂で、同バレエ音樂からプロコフィエフ自らに由って3つの管弦樂組曲及びピアノ獨奏の為の組曲が編まれています。

 

  其の中のピアノ獨奏組曲 バレエ《ロメオとジュリエット》からの10の小品 作品75は、バレエの原曲から編曲に適した箇所を拔き出して再構成したもので、管弦樂用の組曲と同樣に、バレエの筋に沿った順序で配列が為されてはいません。1937年にモスクワに於いて作曲者プロコフィエフ自らのピアノに由り初演が為されています。

 

  樂曲の構成は以下の通りです:

  1. 民衆の踊り
  2. 情景
  3. メヌエット
  4. 少女ジュリエット
  5. 仮面
  6. モンターギュー家とキャピュレット家
  7. 僧ローレンス
  8. マキューシオ
  9. 百合の花を手にした娘たちの踊り
  10. ロメオとジュリエットの別れ

  第1曲〈民衆の踊り〉Allegro giocoso

  バレエの第2幕の冒頭(No.22)、街の広場での賑やかなカーニバルの場面の音樂で、8分の6拍子の躍動的なリズムで活気に滿ちた舞曲(タランテラ)の主題が歌われます。

 

  第2曲〈情景〉Allegretto

  バレエの第1幕、街が目覚める場面の音樂(No.3)で、太陽が昇り、街が活氣を帶びて行く情景が、4分の2拍子の輕快で明るい旋律の變奏で描かれて行きます。

 

  第3曲〈メヌエット〉Assai moderato

  バレエの第1幕、第3場(No.11)でのキャピュレット家の舞蹈會に招かれた客達が、續々と廣間に登場する場面の音樂で、變ロ長調の華やかなメヌエットの主題が繰り返されて行き、其の合間に樣々な顔ぶれを思わせるトリオが挾まれて行く形で進行します。

 

  第4曲〈少女ジュリエット〉Vivace

  バレエの第1幕、第2場(No.10)でのジュリエットが登場する場面の音樂で、冒頭の茶目っ氣たっぷりの旋律が中心と成り、其れと交互に、變イ長調の美しい旋律(バレエの冒頭の前奏曲で聽かれるジュリエットの主題)や、靜かな憧れに滿ちた旋律(Piu tranquillo)が現れる等、少女の多面的な魅力が傳わって來ます。

 

  第5曲〈假面〉Andante marciale

  バレエの第1幕、第3場(No.12)でのマーキュシオが友人のロメオとベンヴォーリオを誘い、假面をつけて宿敵キャピュレット家の舞蹈会に乘り込む場面の音樂で、陽氣でシニカルなマーキュシオ、大膽不敵な若者達の樣子が、行進曲風の旋律のウィットに富んだ變奏で生き生きと描かれます。

 

  第6曲〈モンタギュー家とキャピュレット家〉Allegro pesante

  バレエの第1幕、第4場での舞踏会の音楽(No.13)で、此の場面で支配的な、重厚で威壓的な旋律は、騎士と貴婦人達の舞蹈の音楽です。中間部(Moderato tranquillo)では、ジュリエットが、兩親が結婚を勸める青年パリスと踊る、極めて美しく感傷的な旋律が聽かれます。

 

  第7曲〈ロレンツォ修道士〉Andante espressivo

  バレエの第2幕、第2場(No.28)でのロメオがローレンス修道士を尋ね、ジュリエットへの愛を打ち明ける場面の音樂で、ローレツォは二人の擧式を約束し、モンタギュー家とキャピュレット家の反目に終止符が打たれる事を密かに願います。バレエでチェロとオーボエが奏でる温かな旋律は、ローレンスの慈愛に滿ちた人柄を映し出しています。

 

  第8曲〈マーキュシオ〉Allegro giocoso

  バレエの第1幕、第4場(No.15)に於けるマーキュシオが舞蹈會に飛び入り、愉快な躍りで重々しい雰圍氣を吹き飛ばす場面での陽氣でウィットに富んだ音樂です。

 

  第9曲〈百合を手にした少女たちの踊り〉Andante con eleganza

  バレエの第3幕、第3場(No.49)に於けるジュリエットとパリスの婚禮が預定されている日の朝、寝室でジュリエットが假死しているのを知らずに、アンティーユの娘たちが百合を手にして踊る場面の、纖細でメランコリックな音樂です。

 

  第10曲〈別れの前のロメオとジュリエット〉Lento

  バレエの第3幕の第1場に於ける、ジュリエットの寝室で、夜の靜寂のなかでロメオとジュリエットが愛を確かめ合い、ロメオが旅立つ場面(No.38とNo.39)の音樂で始まります。アダージョ(50小節目から)では、パレスとの結婚を兩親に迫られ、絶望に陥ったジュリエットが、ローレンスの助けを請いに赴く場面(No.43)の、ドラマティックな旋律が歌われます。全曲を締め括る靜かなアンダンテ(71小節目から)は、ジュリエットがローレンスの助言に從い、ロメオへの愛を貫こうと、周圍を欺く為に假死狀態に陥る薬を飲む場面の音樂で、ジュリエットの迷いや不安、そして死の香りが幻想的に描かれています。

  

  今日紹介させて頂くのは、ラザール・ベルマンのピアノに由り1979年に行われたセッション録音です。

 

  ラザール・ベルマンは、1930年にレーニングラード(現サンクトペテルブルク)のユダヤ人の家庭に生まれた舊蘇聯出身のロシア人ピアニストで、母アンナはレーニングラード音樂院出身で、聽覺障害に由り引退する迄自らもピアニストとして立っていました。其の母親の手解きでピアノを始め、3歳で初めてコンクールに參加し、4歳で最初の演奏會を行うという天才振りを發揮し、7歳の時に、未だ樂譜が讀める樣に成っていなかったにも關わらず、モーツァルトの幻想曲と自作のマズルカを録音し、ギレリスから「音樂界の神童」と呼ばれます。

  9歳になると、家族に連れられてモスクワに遷り、モスクワ音樂院でアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼルに師事する傍ら、リヒテルやソフロニツキー、マリヤ・ユーディナからも指導を受けています。

  1951年のベルリン國際青少年音樂祭と1956年のブダペスト國際音樂コンクールに於いて優勝し、1956年にはアシュケナージと共にベルギーのエリザベート王妃國際音樂コンクールに參加し、5位入賞を果たしています。音樂院卒業と共に、國内と東歐諸國に於いて精力的な演奏活動に入り、とりわけハンガリーでは、「フランツ・リストの再来」として絶賛されたと云います。

  1975年にアメリカに演奏旅行に出掛け、リストの《超絶技巧練習曲》を演奏して電擊的な大評判を捲き起こし、爾後引く手數多と成って録音を開始し、世界的に有名に成りました。

  演奏樣式に關しては、「私は19世紀の人間であり、ヴィルトゥオーゾと呼ばれるタイプの演奏家に屬している」と自認していた通りに、鮮やかな超絶技巧と芝居っ気たっぷりの演奏、濃やかな情緒表現と強靭なタッチが特徴的で、一夜で3つのピアノ協奏曲とソナタ1曲を彈き切った事も有ったと云います。スクリャービンややプロコフィエフを除いて近現代の音樂の演奏には左程興味を示さず、勢い19世紀のロマン派音樂がレパートリーを占めていました。

  ソフロニツキーの薫陶を受けたにも關わらず、イン・テンポで肅々と演奏を進め、アゴーギクを殆ど崩さないのも特徴的で、樂譜に示されたペダルの長さを嚴格に守る傾向もあったそうです。

 

  此の《ロメオとジュリエット》に關しても然りで、強靭なタッチで肅々と演奏と進めているのが特に印象的で、其れが亦たプロコフィエフの此の曲にマッチしているのが不思議な氣がします。

  惟、第1曲の民衆の踊りがどういう譯か省略されていて、全9曲構成と成っています。此れは1977年にニューヨークのカーネギーホールで行われたライヴに於いても共通している事から、きっとベルマンの此の組曲に對する考えの為せる技なのでありましょう。

 

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  Lasar Berman (Klavier)

  

(1979)

 

(1977.10.26 Live-Aufnahme)