クーセヴィツキーのムソルグスキー《展覽會の繪》

 

Modest Petrowitsch Mussorgski

Модест Петрович Мусоргский

《Картинки с выставки》

Tableaux d'une exposition

Klavierzyklus”Bilder einer Ausstellung”

 

 

  

  今日採り上げるのは、ムソルグスキーの組曲《展覽會の繪》管弦樂版です。

 

  組曲《展覽會の繪》は、1874年にロシアの作曲家モデスト・ムソルグスキーに由って作曲されたピアノの為の組曲で、ロシアの畫家であるヴィクトル・ハルトマンの死を悲しみ、繪の展覽会を訪れた際の散歩(プロムナード)の樣子を曲にしたものです。曲毎に拍子が違うのは、歩きながら繪を觀ていると謂う歩調を表しているとも云われています。後世に於いては、多くの作曲家に由ってオーケストラ(管弦楽)に編曲され、就中フランスのモーリス・ラヴェルに由る、トランペット・ソロで開始される編曲が有名です。

 

  今回は採り上げるのは、上述の此の曲を有名為らしめたフランスの作曲家モーリス・ラヴェルに由る管弦樂編曲版です。

 

  此のラヴェル編曲版は、1922年にラヴェルが指揮者クーセヴィツキーの依頼に由りピアノ組曲《展覧会の絵》を管弦樂へと編曲したもので、クーセヴィツキーの率いるオーケストラに由って同年10月19日(初演)と10月26日にパリのオペラ座で演奏された事を切っ掛けに、一擧世界的に有名に成ったと云います。

 

  ラヴェルが此の仕事を引き受けた理由としては、報酬も然る事ながら、當時フランスの音樂家(サン=サーンスやドビュッシー、ラヴェル等)にムソルグスキーの和音を多用する樣式が評價されつつあった事、及びムソルグスキーのピアノ曲が管弦樂曲を作る為の習作の樣な作りであった事等が擧げられています。

  ラヴェルは編曲に當たり、友人のカルヴォコレッシに譜面の手配を依頼し、其の手紙(1922年2月3日付)には「ムソルグスキーの自筆譜(の入手)を期待している。何とかして入手する方法は無いだろうか。又は入手可能な人物を知らないか」と記されており、ラヴェルが當時出版されていたムソルグスキーの樂譜には、リムスキー=コルサコフによる改變があるという事實を知っていて、自身はムソルグスキーのオリジナルから編曲をする意圖であった事が判っているのですが、カルヴォコレッシは自筆譜を入手出來きなかったらしく、最終的には既に出版されていたリムスキー=コルサコフ版に基づき、1922年の3月から先ず「キエフの大門」に着手して5月1日に完成させ、續けて殘りを初秋頃迄掛けて編曲を行ったと云います。其の際、ラヴェルの自作編曲にも看られる通り、ダイナミクスの問題による小節の追加等と謂った一部を補筆しています。

  此の編曲は特に冒頭のトランペットのファンファーレ的な「プロムナード」に象徴される樣に、ラヴェルの異名である「オーケストラの魔術師」通りの華麗で色彩的な者で、原曲のロシア的な要素を重視するよりも寧ろオーケストラ作品としての華やかな色彩を與える事を企圖し、そして成功しています。ラヴェルの編曲はスラブ色の強い樂曲であった《展覽會の繪》に新しい生命を吹き込む事に成功したと云い得ましょう。

 

  ラヴェル版は世界的な人氣を得たものの、同版の演奏權はクーセヴィツキーが5年間獨占する契約であった事や、著作權等と謂った問題で他の音樂家によるオーケストラ編曲も多數試みられる所と成ります。

  其の中でも特に有名なのが、指揮者ストコフスキーによる編曲版で、冒頭の「プロムナード」の旋律が第1ヴァイオリンのみのユニゾンで演奏されるのが特徴です。ラヴェル版のフランス風に洗練された編曲に對し、原曲のロシア的な響きを生かすという意圖の下に編曲されているが故に、ロジェストヴェンスキーが録音する等、本場ロシア(ソビエト)でも受け入れられていた樣です。

 

 

  今日紹介させて頂くのは、セルゲイ・クーセヴィツキーの指揮するボストン交響樂團に由り1930年10月に行われたセッション録音です。

 

  上述の通り、クーセヴィツキーは此の《展覽會の繪》のラヴェル版の作曲依頼者であると同時に、初演者でもあります。

  ロシア革命を逃れ、1920年から活動の本據をパリに移してラヴェルやドビュッシー、オネゲルと親交を結んでいて、《展覽會の繪》は其の頃の所産という事に相成ります。
  クーセヴィツキーは1924年から、ボストン響の音樂監督を務め、ストラヴィンスキー、バルトーク、ヒンデミット等と謂った作曲家達に數多くの新作を委囑し、初演迄も行っていると謂う事實からして、彼を拔きにしては、20世紀の數多くの名作は存在し得なかったと云っても過言ではないでしょう。

 

  クーセヴィツキーの《展覽會の繪》には、1930年と1943年のセッション録音が存在していて、何れもオケは手兵のボストン交響樂團です。

  1930年盤は、紀念すべきラヴェル版の初録音と為る者で、歷史的な意義に止まらず、演奏としても實に立派なものです。時折見せる古めかしいポルタメントが當時の演奏スタイルを反映してはいるものの、全體的に端正ですっきりした現代的な演奏で、特に深い陰翳を帶びた「古城」でのサックスの素晴らしい音色と、當時全米ビックスリーの一つであったボストン響の素晴らしい合奏能力が聽き物です。そして、「キエフの大門」の後半で自然にテンポを上げ乍ら、大きなクライマックスを築く手腕はなかなかのものと云い得ましょう。

  1943年盤はライヴ録音で、1930年盤をも凌駕する程の名演なのですが、「古城」と「ビドロ」がカットされているのみならず、プロムナードも初めの2曲のみというのが至極殘念であるが故に、茲では敢えて1930年盤を紹介させて頂く事にした次第です。

 

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  Sergei Kussewitzki (Dirigent)

    Bostoner Symphonie-Orchester

 

(1930.10.28-30)

 

  そして、クーセヴィツキー以外にもう一つ忘れては成らないのがモノラル時代の代表盤であるトスカニーニとNBC交響樂團に由る超名演です。

  此れは、確乎たる造型の凝集された無駄の無い筋肉質の演奏であり、特に印象的なのが「チュイリー」での子供を慈しむような優しさに滿ちた表現で、謹嚴實直なトスカニーニにも斯くも優しい一面が有ったのか?と驚かされます。
「ビドロ」では、中間部分の唯1音の頂點に狙いを定め、目標に向かってテンポを次第に上げつつクレシェンドする様は凄まじいというより外有りません。そして、頂點を極めた後の落とし方も實に鮮やかです。

 

  Arturo Toscanini (Dirigent)

    NBC-Symphinie-Orchester

 

(1953.01.26)

 

  更に、上述のラヴェル版のフランス風に洗練された編曲に對し、原曲のロシア的な響きを生かすという意圖の下に編曲されたストコフスキー版の、ストコフスキー自らが指揮した演奏も紹介させて頂きます

 

      Leopold Stokowski (Dirigent)

      Philadelphia-Orchester

 

(1939.11.27)

 ※2曲目以降も連續されると思われます由、全てを茲に貼附する事は控えさせて頂く事と致しました。