ストコフスキーのサン=サーンス《動物の謝肉祭》

 

Camille Saint-Saëns

Le carnaval des animaux

Der Karneval der Tiere

Grande fantaisie zoologique

 

 

 

  今日採り上げるのは、サン=サーンスの組曲《動物の謝肉祭》です。

 

  此の曲は、フランスの作曲家カミーユ・サン=サーンスが1886年にシャルル・ルブークという名のチェリストの催すプライヴェートな夜會の為に作曲した組曲で、《動物學的大幻想曲》という副題が附されています。

  初演はマルディグラ(肥沃な火曜日)の日である同年3月9日、オーストリアのクルディムに於いて、サン=サーンス、ルイ・ディエメのピアノ、ルブークのチェロ、ポール・タファネルのフルート等に由り非公開で行われ、爾後同年内に2度非公開で演奏が為されています。

  惟、他の作曲家の樂曲をパロディにして諷刺的に用いている事や、プライヴェートな演奏目的で作曲された經緯等と謂った理由に由り、爾後サン=サーンスは自身が死去するまで本作の出版・演奏を禁じたと云います。但し、純然としたオリジナルである「白鳥」だけは生前に出版されています。

  

  全部で14曲から為り、元来は室内樂編成用として作曲されたものである事から、オーケストラで演奏するケースと、オリジナルの室内樂として演奏するケースが有り、前者では弦樂器が各パートに複數置かれます(但し「白鳥」のみオーケストラ版の場合でもチェロはソロです)。

 

  樂曲の構成は以下の通りです:

 

  第1曲「序奏と獅子王の行進曲」(Introduction et marche royale du lion

  ピアノの耳を劈く樣なトレモロで始まり、續いて低音から盛り上がってくるような序奏が始まります。そして、ピアノのリズムがファンファーレ風に成り、勇壯な行進曲と成ります。

 

  第2曲「雌鷄と雄鷄」(Poules et coqs

  雌鷄と雄鷄とが掛け合いをするかの樣にキビキビと演奏される曲で、最後の方は音の動きが段々と速くなって行きます。サン=サーンスの尊敬するラモーのクラブサン曲の影響の感じられる曲です。

  

  第3曲「騾馬」(Hémiones

  ピアノの上り下りする強奏に由って野原を自在に驅け廻るラバが描寫されます。ショパンのエチュードを思わせるようなアルペジオの動きが印象的です。

 

  第4曲「亀」(Tortues

  最初の中は良く分からないのですが、ピアノの刻むリズムの上で弦樂器がのそのそとオッフェンバッハの「天國と地獄」に出て來る有名なギャロップの部分を「超低速」で演奏しているのだという事が分かって來ます。

 

  第5曲「象」(L'éléphant

  ピアノに由るダイナミックな序奏に續いてコントラバスがもそもそと重量感溢れるワルツを演奏します。中間で出て來るのは、ベルリオーズの《ファウストの劫罰》の中の「妖精の踊り」のメロディーです。此處ではもう一つ、メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」の中のスケルツォのメロディーも重低音で出てきます。「象」と「妖精」というミスマッチが愉しい作品です。

 

  第6曲「カンガルー」(Kangourous

  ピョンピョン跳んでは一休みするカンガルーの動作をピアノが見事に描寫しています。

 

  第7曲「水族館」(Aquarium

  澄んだ水を見事に描寫した曲です。グラスハーモニカの入った幻想的なメロディーに、チェレスタとピアノが美しく絡み合い、全編に亙って涼しげなムードが漂っています。

 

  第8曲「耳の長い登場人物」(Personnages à longues oreilles

  ヴァイオリンに由って、「ヒッ」と吃逆を上げるような音が執拗に繰り返される曲です。此の「吃逆」の後に必ず低音が出て來るのですが、此の音の動きも何ともユーモラスです。

 

  第9曲「森の奥のカッコウ」(Le coucou au fond des bois

  森のムードを表すようなピアノによる靜かな序奏に續いて、クラリネットがカッコウの音型を繰り返し演奏します。

 

  第10曲「大きな鳥籠」(Volière

  新鮮な空気を感じさせるような序奏に續いて、フルートに由って小鳥の囀り聲を模したメロディが自在に演奏されます。

 

  第11曲「ピアニスト」(Pianistes

  ピアニスト2人が「ドレドレドレドレ,ドレドレドレドレ,ドレミファソラミレ,ドレミファソラミレ...」と,ハノン練習曲に出てくるような音階を延々と演奏する曲です。合間にオーケストラが律儀に「ジャン」と合いの手を入れます。此の曲では,2人が音をずらしたり、テンポを揺らしたりして「態と下手に演奏する」というのが一種定番の樣に成っています。最後の和音は完結した感じではないので、其の儘次の「化石」に繫がる感じに成ります。

 

  第12曲「化石」(Fossiles

  先ず、木琴に由ってサン=サーンス自身の「死の舞蹈」のメロディが輕快に演奏されます。自らの曲を「化石」と看做している邊りが如何にもサン=サーンスらしい所です。このメロディはロンド主題の樣に繰り返し再現され、續いてお馴染みの「キラキラ星」のメロディが出て來ます。此の曲も古いメロディということで「化石」なのでしょうか?其れに續いて出てくるメロディも「月の光に」という此れ亦た有名な古いフランス民謡の一部です。そして、クラリネットに氣持ち良さげなメロディが出て來た後、ロッシーニの「セヴィリアの理髪師」の中のロジーナのアリア「今の歌聲は」の一節に繫がって行きます。最後に「死の舞蹈」のメロディが再現されて終わります。

 

  第13曲「白鳥」(Le cygne

  組曲から離れて單獨で演奏される事の非常に多い不朽の名作です。ピアノ2台に由る漣の樣な伴奏に乘ってチェロが優雅で氣品に滿ちた美しいメロディを奏でます。此のピアノ伴奏は曲の間ずっと續きます。途中で少し曲想が暗くは成るものの、優雅な雰圍氣は變わらず、再度最初のメロディが戻って來て靜かに結ばれます。此の曲は、アンナ・パブロワが演じて知られる樣になった「瀕死の白鳥」としてバレエ上演される事も有ります。

 

  第14曲「終曲」(Final

  先ず、ピアノに第1曲の最初の部分と同樣のトレモロが出て來て、其れに更にキラキラとした音が加わり、華やかなエンディングの幕開けと謂った雰圍氣に成ります。其の後、輕快なリズムに乘って此れ迄出て來た「動物達」がカーテン・コールのように再登場します。象や亀やカンガルーが勢揃いしてフレンチ・カンカンを踊ると謂った所でしょうか。

 

  今日紹介させて頂くのは、レオポルド・ストコフスキーの指揮するフィラデルフィア管弦樂團に由り1929年9月に行われたセッション録音です。

 

  しっかりとした構築感の有るバランスの取れた演奏で、而も動物の謝肉祭の愉しい要素が存分に詰まったユーモアたっぷりな表現も流石はストコフスキーと云い得るのではないでしょうか。

  作曲年代が1886年である事から、第ニ次大戰前に行われた此の演奏は、動物園や水族館の樣子と謂った者が現代に比べて時代的により近しく、從って良い意味での素樸さと謂うか、現代の演奏では味わえない獨特なものが有る樣な氣がします。

 

  因みに、ピアニストのマルタ・アルゲリッチが此の曲を得意としていた樣で、オケ版、室内樂版ともセッション録音を行って、前者は色彩感と技巧的餘裕の感じられる演奏で、後者はゴージャスな名手揃いのスリリングな演奏である事は確かなのですが、フランス的なエスプリや上述の時代的素樸さという點で、樂しめる演奏ではあるものの、小生としては、正直な所、同じメンバーに由るブラームスのピアノ四重奏曲と同樣、得も云われぬ違和感を感じるのを禁じ得ません。

 

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  Leopold Stokowski (Dirigent)

    Philadelphia-Orchester

    Olga Barabini, Mary Binnery Montgomery (Klavier)

    Willem van den Burg (Violoncello)