レオンハルトのヘンデル Nr.8 HWV 433

 

Georg Friedrich Händel

Suites de pièces pour le clavecin, premier volume

Suite Nr.8 f-moll HWV 433

 

 

 

  今日採り上げるのは、ヘンデルのチェンバロ組曲 第8番 へ短調 HWV 433です。

 

  此の曲は、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルに由って1710年代に作曲された通稱《8つの大組曲集》とも呼ばれている全8曲から為るクラヴサン(チェンバロ)獨奏の為の組曲集《クラヴサン組曲第1集》の中の8番目、即ち最後と為る曲です。 

 

  本作品では、元々獨立作品であったフーガがプレリュードに續き、プレリュード―フーガという對が出來上っています。

  ヘンデルが出版用に新しく書いたプレリュードでは、冒頭から4聲が互いに樣々な動機を短い間隔で交替して行き、11小節目からは既出の動機のうちの1つの連續と成って、低音の半音進行に乘って轉調します。そして、フェルマータを経て、半終止から直接にフーガが準備され、フーガの主題は3聲目迄主題が連續で呈示された後、低音域の和音で重々しく現れます。此の和音での主題提示は樂章内で、後にも何度か現れます。ストレッタや樂章中に繰返し現れる主題冒頭3小節の特徴的なリズムにも注目です。

  第8番は同じくプレリュードと3つの組曲樂章から成る第1番と對を成すものですが、各樂章の性質は對照的で、フランス的要素の強い第1番に對して、第8番のアルマンドは一様なリズムの簡素な2聲體書法が支配的で、イタリア様式の特徴を呈しています。同じくクーラントも、華美な装飾と樣々なリズムの變化を含む第1番とは對照的な簡潔なもので、各部冒頭の上下聲部の模倣は此の組曲集でも何度も使われた方法です。

  ロジェ版の改訂稿であるジグは第1番と同じく模倣で始まり、概ね2聲体で書かれていて、前半部を閉じる屬調のピカルディー終止を屬和音として、後半部は主調のDT進行から始まり、轉調はシンプルで、下屬調、平行調を通って主調へと戻り、其の後に、平行長調を挾み乍ら、前半部の樂節が繰返されて行きます。

 

    第8番の樂曲構成は以下の通りです:

 

  1. 前奏曲 (Adagio) 4⁄4拍子
  2. Allegro 2⁄4拍子
  3. Allemende(アルマンド) 4⁄4拍子
  4. Courante(クーラント) 3⁄4拍子
  5. Gigue(ジーグ) 6⁄8拍子

 

  今日紹介させて頂くのは、グスタフ・レオンハルトのチェンバロ演奏に由り1960年代に行われたセッション録音です。

 

  ピリオド樂器に由る古樂演奏運動のパイオニアにして中心的人物であったレオンハルトですが、膨大な録音を殘しているにも關わらず、ヘンデルの音樂に就いては殆どと云って良い程演奏しなかった樣で、其れが何故なのか疑問に思うクラシックファンも多いのではないでしょうか?

  嘗てフランスの雜誌のインタビューで、「ヘンデルはプリミディフだから演奏しない」と答えていたそうです。

 

  クラシック音樂の世界では、バッハが「音樂の父」で、ヘンデルが「音樂の母」と呼ばれていますが、歐米では兩者が互角の人氣を誇っているのに比べて、日本ではヘンデルはバッハの足元にも及ばない感が否めません。惟、小生は歐米人と同樣に、孰れも大好きで、甲乙を附けたりするなんて全く飛んでもない事です。

  因みに、バッハとヘンデルは同じ年の生まれで、同一時代を生き、而も同じドイツ人であったにも關わらず、生前に一度も有った事が無かったと云います。バッハは會いたいと思っていたそうですが、ヘンデルの方がバッハに興味を示さなかったらしいのです。

  確かにヘンデルの鍵盤樂器作品は極めて少なく、生前に出版されたのは二つの組曲集のみでしか有りません。其れも其の筈、「劇場音樂の人」であったヘンデルにとって、鍵盤音樂はマイナーなジャンルでしか無かったのかも知れません。

  但し、マイナーであるからと謂って、内容が詰らない譯では決して有りません。バッハとヘンデルの間には、「旋律の才」と「多聲に向かう方向」と謂った違いが有るのです。輕快で優雅、華やかにして多彩なる響きは、バッハのチェンバロ曲と比べても全く聽き劣りのする者ではなく、寧ろ屈託の無い親しみ易さという點に於いては、バッハよりも上である樣な氣さえする程です。

  レオンハルトの演奏はと云えば、何はともあれ學究的で、往々にして硬い感じがするのは否めないのですが、あらゆる方面に知識が及んでいるが故に、演奏のみならず、其の奥に有るものを感じさせてくれます。其の意味に於いて、此のヘンデルは實に貴重であると云えるのではないでしょうか。

  

 

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  Gustav Leonhardt (Cembalo)