イエペスのバッハ             パルティータ BWV997

 

Johann Sebastian Bach

Partita in c-moll BWV997

 

 

  

  今日採り上げるのは、バッハのリュートの為のパルティータ ハ短調 BWV997です。

 

  此の作品は、H.D.ブルーガーが1921年に出版している樂譜に於いては組曲 第2番と謂う番號附けが為されていますが、古典組曲の構成に準據しておらず、而も基礎資料の何處にも其の樣なタイトルが存在してはいないが故に、敢えて組曲ではなく、「パルティータ」と呼び分けるべきであるとする見解に從う事と致しました。

  因みに、作曲年代に關しては、1720年頃とする説、1722年頃とする説、更には1740年頃とする説等樣々です。

 

  

  樂曲の構成は以下の通りと為っています:

 

  1.プレリュード(Prelude)

  2.フーガ(Allemende)

  3.サラバンド(Sarabande)

  4.ジーグ(Gigue)

  5.ドゥーブル(Double)

 

  プレリュードとフーガの後に古典組曲の後半部分が續くという少し變わった構成が取られていて、教會ソナタと似ていなくもないのですが、無伴奏ヴァイオリンソナタやオブリガート・チェンバロ附きのヴァイオリン・ソナタ、トリオソナタ等と謂った通常の教會ソナタの形を取る作品とはやや趣を異にしています。此れ等の作品では緩急緩急の4樂章構成の中の最初の序奏に相當する樂章がAdagioやGraveといった極めてゆっくりとした即興的な曲に成っていて、屡屬和音で終わって次のフーガに流れ込む一體感の高い構成であることが多いのに比べると、此の曲のプレリュードは少し憂いを帯びた流麗なメロディーラインで書かれていて、最後も主和音で完結しており、プレリュードとフーガは獨立性が高くなっています。三番目の緩徐樂章も、全體がイ短調であればここはハ長調(ヴァイオリンソナタの第三番は全体がハ長調で第三楽章アンダンテはヘ長調)など調子や雰囲気を變えて來る所なのですが、此のパルティータでは前半二曲の世界からそれほど離れた所には行きません。恐らくバッハは「組曲」や「ソナタ」として發想を得た譯ではないと思われるが故に、舞曲を中心にしながら比較的自由な樂章構成を取る「パルティータ」が最も相應しく、亦た其の樣に演奏されて然るべきでありましょう。
  内容的にも夫々の樂章が極めて密度の高い作品で、バッハの最も充実した時期に書かれたと云われていて、ヴァイスやクロップフガンスとの交流に觸發された可能性も云々されている樣です。
  プレリュードは、ヴァイラウホのタブ譜ではファンタジアと書かれている通り、樂想が溢れ出るように聯綿と紡ぎ出されて行きます。曲の終わりで一旦フェルマータで流れが止まった後、再びスケールに流れ込んで本當のエンディングと成りますが、此處では恐らく即興でカデンツァが演奏されたのでしょう。

  フーガは上昇音階から行き成り7度下降して半音階の上昇スケールになり、此處に主題の反行型(下降音階)が行き成りストレッタで絡むと謂う凝った書法で、此の半音階進行を曲を通して基調とし乍ら、中間部では次第に細かい動きで自由に展開され、ダ・カーポ形式で前半の部分を繰り返して終わります。

  サラバンドは、マタイ受難曲の終曲やフルートソナタロ短調とも似たメロディを用いていて、大部分がシンプルな2聲部構成ながらバッハのサラバンドの中でも特に入念に書かれている樣に感ぜられます。

  ジーグは附點音符を含むフランス形式で、強拍に倚音を持ち、強いアクセント効果があります。バッハの作品の中でも極めて珍しいジーグのドゥーブルではこのアクセントが取り払われ、16分音符の華麗なスケールやアルペジオに分解されて、流れるように全曲を閉じる形と為っており、技術的にも高度な者が要求されると云われています。

 

  今日紹介させて頂くのは、ナルシソ・イエペスのリュート演奏に由り1973年に行われたセッション録音です。

 

  極めて乾いた感じのする演奏が如何にもイエペスらしいと云えそうですが、其れが正にバッハの曲に相應しい樣な氣も致します。ギターでの全集を録音するに先立つ形で、構造も調弦も異なるバロック・リュートを研究する事で、バッハの意圖を掴もうとしたのではないかとも想像し得るのではないでしょうか?

  

  

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  Narciso Yepes (Laute)

 

 

(1972&1973)