イエペスのバッハ  BWV995

 

Johann Sebastian Bach

Suite in g-moll BWV995

 

 

  今日採り上げるのは、バッハのリュート組曲 ト短調 BWV995です。

 

  バッハは6曲から成るリュートの為の作品を書いていて、其れ等の作品の中の4曲は、H.D.ブルーガーが1921年に出版した樂譜に「第1番~第4番」と番號が附けられ、其れが流布してしまったが為に、今でもそう呼ばれる事がある樣ですが、此の番號附けには特に根據が無いとされている以外に、所謂第2番(BWV997)と第4番(BWV1006a)は抑々古典組曲の構成に準據しておらず、基礎資料の何處にも其の樣なタイトルは存在していないと云います。此の樂譜によってバッハのリュート作品が廣く世に知られる樣になったのも事實である樣ですが、今後は「パルティータ」と呼び分けて然るべきでありましょう。

  因みに、組曲ト短調BWV995は、上述のブルーガーの樂譜では第1番と成っていますが、作曲年代順からすればBWV996の方がより古いが故に、第2番とすべきであるとする見解も為されている樣です。

  

  さて、此の組曲ト短調BWV995ですが、此れは無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調BWV1011から全樂章が編曲された者で、古典組曲の樂章配列に忠實に從った形となっています。原曲は6つのチェロ組曲の中では最もフランス的で、變則調弦を使ったやや暗い響きが特徴で、因みにリュート稿の各樂章のタイトルもフランス語で付けられている樣です。リュート化に際しては、プレリュード(特に後半)への音の追加による多聲のリアライズや、アルマンドの附點リズムの尖鋭化、ジーグの入りの部分も聲部を追加するなど、既に高い完成度にあった原曲に最後の彫琢が加えられています。
  リュート曲として聽く場合も全體的に哀愁を帶びた曲調は變わりませんが、ゴーティエやロベール・ド・ヴィゼーのような典雅な響きが加わっている事からすると、バッハが特に此の曲を選んで編曲したのも頷けましょう。
  プレリュードは、重々しい附點リズムで始まり、後半に速い3拍子の部分が續くと謂うフランス序曲のスタイルで書かれていて、リュート譜には、3拍子に變わる箇所にtres viste(とても速く)の記入が有ります。クーラントも、走り廻る樣なイタリア式コレンテでなく、3/2拍子のややゆっくりしたフランス式です。ガヴォットは元々フランスの舞曲で、IIにフランス語で「ロンドー形式で」と注記が為されています。ジーグも附點リズムと模倣による入りが特徴的なフランス式と成っています。
  

  樂曲の構成は以下の通りと為っています:

 

  1.プレリュード(Prelude)

  2.アルマンド(Allemende)

  3.コレンテ(Courante)

  4.サラバンド(Sarabande)

  5.ガヴォットI(Gavotte I)

  6.ガヴォットIIとロンド(Gavotte II en Rondeau)

  7.ジーグ(Gigue)

  

  今日紹介させて頂くのは、ナルシソ・イエペスのリュート演奏に由り1973年に行われたセッション録音です。

 

      イエペスは、1927年にスペイン・ムルシア地方、ロルカ近郊の農家に生まれたスペイン出身のギタリストで、4歳の時に初めてギターに觸れ、ロルカの音樂アカデミーでギターを學び、其の後バレンシア音樂院に進學してギターや作曲を學ぶと共に、作曲家のビセンテ・アサンシオ教授に多大な影響を受けました。又、マドリード音樂院に於いてレヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサにギターを師事しています。

 

  1947年12月17日のスペイン劇場に於けるスペイン國立管弦樂團の定演コンサートに名指揮者アルヘンタに由り招かれ、ロドリーゴのアランフェス協奏曲を演奏し、其れに續いて行われたパリやジュネーヴ等での演奏會の成功で、イエペスの名はヨーロッパ中に知れ渡ります。

  1950年から3年間、演奏法をヴァイオリンのジョルジュ・エネスク、ピアノのギーゼキングに學び、エネスクからは、作品の内部に蹈み込んで分析する方法と、創造的な演奏、大膽で忠實な演奏の術を教わり、ギーゼキングからは、其の豊かな器量、音色に關する纖細な感性力、そして直感力、樂譜を前にしての嚴格さ、誠實さ、謙虛さを學んだと云います。

  そして、1952年にパリのカフェで映画監督のルネ・クレマンと偶然知り合い、「映画自體は既に撮ってあるが、どんな音樂を附けたらよいか決めかねているので、映画の為の音樂を擔當して欲しい」と監督から依頼を受けます。當初は、アンドレス・セゴビアに音樂を擔當してもらう預定であったのが、既に映画製作の為の予算を使い果たしていて、セゴビアとは製作費の折り合いがつかなかったが為に、當時まだ新人であったイエペスに音樂擔當の依頼をする事と成り、其處で24歳のイエペスは映画『禁じられた遊び』の音樂の編曲・構成、演奏を1本のギターだけで行いました。そして、其の映画が公開されるや、メインテーマ曲「愛のロマンス」が大ヒットし、世界的に有名なギタリストと成ったのでした。

 

  因みに、此の演奏では、ギターではなく、リュートが用いられています。

 

 

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  Narciso Yepes (Laute)

 

 

 

 

 

 

(1972&1973)