ヴァルヒャのバッハ     《パルティータ》Nr.1 

 

Johann Sebastian Bach

Partina Nr.1 B-Dur BWV 825

 

 

  今日採り上げるのは、バッハの《パルティータ》第1番 變ロ長調 BWV 825です。

  

  6つのパルティータ(クラヴィーア練習曲第1巻)BWV 825-830(Sechs Partiten, Erster Teil der Klavierübung BWV 825-830)は、ヨハン・セバスティアン・バッハが作曲したクラヴィーアの為の曲集で、《イギリス組曲》、《フランス組曲》と有るバッハの一連のクラヴィーア組曲集の集大成に當たり、亦たバッハの數多くの作品の中で最初に出版された曲集でもあり、1726年に第1番、1727年に第2番と第3番、1728年に第4番、1730年に第5番と第6番が夫々個別印刷されているそうです。

  尚、「クラヴィーア練習曲集」及び「パルティータ」の名稱は、前代のライプツィヒ聖トーマス教會音樂監督(トーマスカントル)、クーナウ(Johann Kuhnau, 1660-1722)の「新クラヴィーア練習曲集(Neue Klavierübung, I: 1689年; II: 1692年)」に倣ったものだそうで、「練習曲(Übung)」の含意は不詳ですが、今日にいう演奏技巧習得のための機械的課題や性格的小品とは無關係である樣です。

  

  導入樂章を持つことはイギリス組曲と共通するものの、パルティータの導入樂章は夫々異なった名稱を持っていて、前奏曲をプレリューディウム、プレアンブルムと云い換えている事から、此れは意圖的な趣向であると考えられると云います。

  古典舞曲に占めるイタリア式(アレマンダ、コレンテ、ジーガ。特にコレンテ)の割合が増え、ガラントリー(典雅な舞曲)のカプリッチョ、アリア、ブルレスカ、スケルツォ、テンポ・ディ・ガヴォッタ、テンポ・ディ・ミヌエッタ等もまたイタリア風の名稱である事から、「イタリア組曲」と呼んだ方が妥當ではなかろうかとする説も存在している樣です。惟、バッハが單に趣味上の傾向に走ったのでないのは確かで、飽くまで堅牢で揺るぎない構成感覚に裏打ちされ、而も其れ等が高度の圓熟した技法で處理されていると謂う事實からして、バロック組曲の総括として此れ等のパルティータが遥か高峰に聳える位置を占めている事は納得される得るのではないでしょうか。

 

  此の《パルティータ》第1番は、1726年秋に嘗ての主人であったケーテン侯レオポルトの嫡子の誕生祝い、自作の頌歌を添えて獻呈されています。

 

  

  樂曲の構成は以下の通りです:

 

  1.プレリューディウム(Präludium)

  2.アルマンド(Allemende)

  3.コレンテ(Courante)

  4.サラバンド(Sarabande)

  5.メヌエットI(Menuett I)

  6.メヌエットII(Menuett II)メヌエットIのトリオ

  7.ジーグ(Gigue)

 

  第1曲のプレリューディウムは、ほっとする樣な優しい曲で、此れからまる曲を導

    いて行きます。

  第2曲のアルマンドは、流れる樣な舞曲で、體が動く樣な樂しい曲です。

  第3曲のコレンテは、クーラントのイタリア語で、此れ亦た浮き浮きする樣な素敵

    な曲です。

  第4曲のサラバンドは、踊りマクッタ後、心地良い疲れに身を委ねる樣な感じの曲

    です。

  第5曲と第6曲のメヌエットは、やや形式ばった貴族のダンスではあるものの、と

    ても親しみ易い感じの曲と成っていて、第6曲のメヌエットIIの方がより落ち

    着いた感じがします。

  第7曲のジーグは、イタリア風のやや騷がしい感じの踊りです。バッハは通常ジー

    グではフガートを用いていますが、此處では用いず、分散和音を華やかに用

    いるスティル・プリゼの手法に由るシンプルな仕上がりと成っています。

 

 

  今日紹介させて頂くのは、ヘルムート・ヴァルヒャのチェンバロ演奏に由り1958年に行われたセッション録音です。

 

  ピアノやオリジナル・チェンバロ(現代製のコピー樂器を含む)演奏に聽き慣れた耳からすると、左右の指の動きが明瞭で、寧ろどういう譜面であるかを聽き手に知らせようとしているかの樣な、極めて真っ直ぐな感じのする演奏で、奇を衒う事無く真摯にバッハと向き合おうとしているヴァルヒャの姿勢に感動を覺えます。

  當今の演奏家達は、装飾音を逆順に附けたり、餘分加えたりと、やたら小細工を弄する事が過多である樣な氣がしてなりません。其の點、此處にはそう謂った工夫こそ無いものの、どう彈けばバッハが納得してくれるのか?亦たどの樣に彈くのが此の曲の正しい解釋なのか?と謂った真っ直ぐな氣持ちで取り組んでいる感じがし、其れが却って聽き手に得も云われぬ感動を與えるのではないでしょうか?斯うした古い演奏の中に、我々が忘れかけていた發見や感動が有るのではないかと思えてならないのです。  

 

  尚、今回も前回と同樣に、グレン・グールドのピアノに由る演奏を添附させて頂いております。 

 

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  Helmut Walcha (Cembalo)

 

(1958.03.08-13)

 

 

      Glenn Gould (Klavier)

 

(1959.05.01,08&09.22)