ルージチコヴァーのバッハ 《フランス組曲》Nr.5 

 

Johann Sebastian Bach

Französische Suite Nr.5 G-Dur BWV816

 

 

 

  今日採り上げるのは、バッハの《フランス組曲》第5番 ト長調 BWV 816です。

 

  此の第5番は、《フランス組曲》全6曲中で最も有名なもので、就中「ガヴォット」は演奏會でも良く採り上げられている樣です。又、此の中の數曲は1722年に作曲されているものの、完成したのは1723年に成ってからであるとされています。

 

  此の第5番は、バッハの組曲創作の一つのの頂點とも云うべき作品であるとされ、略全ての樂章で、前半と後半の終結の形が統一されています。此れは「脚韻」とも呼ばれるもので、其れ故に一つの樂章の印象が鮮明になり、樂章間の對比が鋭く成っている樣に感じられるもみならず、各樂章が比較的長く、6つの組曲中で最大規模と成っているにも拘らず、少しも冗長さを感じさせません。

 

    

 

  樂曲の構成は以下の通りです:

 

  1.アルマンド(Allemende)

  2.クーラント(Courante)

  3.サラバンド(Sarabande)

  4.ガヴォット(Gavotte)

  5.ブーレ(Bourrée)

  6.ルール(Loure)

   ・初期稿ではブーレIIとされていた樣です。

  7.ジーグ(Gigue)

 

  冒頭樂章(第1曲)のアルマンドは、モテットタイプの典型を見せていて、聲部數は定まらないものの、充溢感の有るテクスチュアの中で、動機が自由に展開される樣な者が斯う呼ばれている樣です。バッハはプレリュードやファンタジア、またアルマンドで屡斯うしたタイプの書法を用いていて、此の第5番のアルマンドは、聲數の増減が激しく、2聲のみになる部分も多いとは謂え、保續音の效果によって實際の聲部數以上の重なりや遠近感が生み出されていて、奏者が各動機をどの樣に扱うかに由って演奏效果に大きな違いが現れ、聽く度に新たな發見や驚きが有ると謂う點において、バッハの鍵盤曲の最高傑作の一つであるとされています。

  第2曲のクーラントは非常にテンポが速く、走り廻る樣な躍動感に支配されています。そして、音域と保續音が效果的に用いられていて、一度聽いただけでも、走句が廣がっては又集まる圖形が像を結ぶと謂ったスケールの大きな響きのする曲です。終止音は前半も後半も單音と成り、其の唐突さがユーモラスですらあります。

  第3曲のサラバンドは極めて表出的なアリアで、3聲が嚴格に維持されるものの、右手高聲部のモノローグに中聲部と左手聲部がゆったりと從っています。リズムが荘重な感じではありますが、メロディーは何處迄も優しく、親しみ易い曲です。

  第4曲のガヴォットは、思わず口遊みたく為る樣な輕快な曲で、バッハの作品の中でも特に親しまれている曲です。

  第5曲のブーレは、フランス起源の舞曲で、何とも云えない幸福感に包まれているのを覺えます。

  第6曲の挿入舞曲であるルールも亦たフランス起源で、本來は劇場用の技巧的な舞踊で、ゆったりとしたテンポながら、大廻転や複雜なステップを含んでいて、器樂曲に於いてもその特徴を引き繼ぐ形で、シンコペーション、ヘミオラ、8分-4分音符の弱起パターンなどが用いられます。第5曲のブーレや第4曲のガヴォットでもこうした複雜なリズムが随所に登場します。

  第7曲のジーグも亦た組曲終楽章の典型で、休む事無く動き續ける中で、獨特のリズムを持つ模倣主題は決して見失われる事が有りません。3聲フーガとしては比較的簡明な作りで、全篇の殆どが2聲テクスチュアを保っており、終結部で俄に3聲部に戻り、最終和音は5つの音が同時に響くと謂った、バッハのジークの中でも傑作と云われている此の長大にして優雅な組曲の終わりに相應しい壯麗且つ潔いエンディングと成っています。

 

  今日紹介させて頂くのは、ズザナ・ルージチコヴァーのチェンバロに由り1990年9月28日に行われた演奏のセッション録音です。

 

  チェンバロに由るバッハ演奏に在っては、ヴァルヒャやレオンハルトが優れた業績を殘していますが、前者が荘嚴で、後者が学究的であると謂った嚴格な類の演奏であるとすれば、ルージイチコヴァ―のバッハはより明るく柔軟な感じがし、特に組曲の中の舞曲等は彈む樣な輕快さがとても魅力的に感じられます。

  《フランス組曲》は正に妻アンナへの愛の籠った、亦たバッハ家の日常の樂しみが垣間見える極めてプライベートな曲であると謂った意味に於いて、彼女の演奏は實に此の曲に相應しいものであると云えるのではないでしょうか。

  

  尚、今回も前回と同樣に、グレン・グールドのピアノに由る演奏を添附させて頂いております。 

 

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  Zuzana Růžičková (Cembalo)

 

(1990.09.28)

 

 

  Glenn Gould (Klavier)

 

(1971.02.27-28; 05.23&1973.02.27)