フルトヴェングラーのR.シュトラウス《ドン・ファン》

 

Richard Strauss

《Don Juan》

Tonndichtung nac Nicolaus Lenau

 "Don Juan"

 

 

 

  今日採り上げるのは、リヒャルト・シュトラウスの交響詩《ドン・ファン》作品20です。

 

  此の曲は、ドイツの作曲家リヒャルト・シュトラウスが、理想の女性を追い求めて遍歷を重ねるスペインの傳説上の人物であるドン・ファンを主題としたニコラウス・レーナウの詩に基づき、1888年に作曲完成させた交響詩で、初期の管弦樂曲であると共に、彼の出世作でもあります。

 

  實際に作曲されたのは交響詩《マクベス》作品23より後ではあるものの、《マクベス》が改訂を經ているが故に、《ドン・ファン》の作品番號の方が先に成ったと謂う譯です。そして、現在に於いても、シュトラウスの交響詩の中では演奏される機會の多い方に入っている樣です。

  

  シュトラウスがミュンヒェンの宮廷歌劇場の第3樂長を務めていた時期に相當する1887年から1888年に掛けて作曲されたもので、1889年11月11日にヴァイマールの宮廷オーケストラに由ってシュトラウス自らの指揮に由って初演が為されています。

 

  樂曲は一種のロンド形式とソナタ形式で構成されていて、冒頭に情熱的な弦の上昇音型で「悦樂の嵐」のテーマが現れると、直ぐに木管の下降音型で理想の女性を表すテーマが登場します。

  續けて弦と木管・ホルンでドン・ファンの行動力を表す第1のテーマが提示されます。

  小休止の後、獨奏ヴァイオリンの美しい旋律で最初の女性が提示され、木管が最初のランデヴーを表すものの、音樂は次第に切迫感を高めて行き、強烈な不協和音がドン・ファンの失望を表します。

  續いて、弦樂器で第2の女性が現れ、軈てオーボエの魅惑的な旋律でランデヴーが展開されます。

  次に、ホルンの強奏による有名なメロディーが現れるのですが、此れはドン・ファンの第2のテーマで彼の不滿を表す者とされています。

  そして、此れまでのドン・ファンのテーマや女性のテーマが交錯し、女性を追い求め、滿たされぬドン・ファンの苦悩と焦燥が描かれます。

  一旦靜かになるもの、再び冒頭のドン・ファンのテーマと第2のテーマが回歸し、絢爛たるクライマックスを築きます。

  更に、三度冒頭のテーマが現れますが、音樂は速度を増し、壯絶なカタストロフが遣って來ます。

  全休止の後、曲はホ短調に變わり、ドン・ファンの悲劇的な死が暗示されます。「薪は燃え盡くし、爐は冷たく暗くなった」のです。

  

  今日紹介させて頂くのは、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの指揮するベルリン・フィルハーモニー管弦樂團に由り戰時中の1942年2月15-17日に掛けて行われた演奏會のライヴ録音です。

 

  標題音樂と謂う者はフラワーアレンジメントみたいな者で、中には趣味の良い組み合わせも有るが、本質的には見た目が綺麗な物を適當に並べたり組み合わせたりしただけの者だと云って、所謂「標題音樂」という者を餘り評價しなかったフルトヴェングラーは、交響詩の完成形とも云うべきリヒャルト・シュトラウスの交響詩に於いても同樣であったと云いますが、其の一方で、管弦樂法の名人としてのシュトラウスの才能は高く評價していて、其の名人藝に由って生み出される響きの素晴らしさは認めていた樣です。惟、其の樣な部分的な素晴らしさは認めていても、作品其の物を「偉大」なものだとは認めていなかった樣で、其のあたりの微妙な雰圍氣を「遊び半分の名人藝」と表現しています。

  其れ故に、彼がシュトラウスの作品を取り上げる時は、ベートーベンの作品を取り上げる時の樣な真劍で大真面目な態度は捨てて、其の名人藝のひけらかしに徹している樣に聞こえるのは否めません。そして、此處では、古典派音樂を取り上げる時とは全く異なったアプローチで音樂を作り上げていて、其の最大の特徴はと云えば、響きの細部を精緻に表現しようとしている事です。彼が得意とする、音楽全體が今正に生まれ出そうとしているかの樣な有機的な構造は背景に押し遣られ、逆に瞬間瞬間の響きのテクスチャを精緻に炙り出して樂しんでいるように聞こえるのです。

  其れは擱き、此の演奏に就いてですが、第二次大戰の真っ只中の1942年のものとあって、ライヴだけに手に汗握るが如きスリリングな演奏で、聽いている中に想わず其の音の世界に引き込まれてしまう感が有り、就中テンポが次第に速さを増し、旋律が熱狂的に振り回されるが如き後半の乗りの凄さにと其の官能の表現に壓倒させられます。そして、熱狂の後のフィナーレの寂寥感が際立っているのも見事です。フルトヴェングラーは戰後にもBPOやWPとのライヴやWPとのセッション録音を殘してくれていて、とりわけWPとのセッションは名盤として高い評價を勝ち得ている樣ではありますが、此の戰時中のライヴと比べると、音樂の推進力に欠け、ドン・ファンと謂う稀代のプレイボーイの苛烈さが感じられないというのが小生の正直な實感です。

 

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  Wilhelm Furtwängler (Dirigent)

    Berliner Philharmonisches Orchester

 

(1942.02.15-17 Live-Aufnahme)