セルのドビュッシー   《海》

 

Claude Debussy

《La Mer》

trois esquisses symphoniques pour Orchetre

Drei symphonische Skizzen für Orchester

 "Das Meer"

 

 

  今日採り上げるのは、ドビュッシーの《『海』管弦樂の為の3つの交響的素描》です。

  此の曲は、フランスの作曲家クロード・ドビュッシーが1903年から1905年に掛けて作曲した管弦樂曲で、副題の附いた3つの樂章(第1樂章「海上の夜明けから真晝迄」ー第2樂章「波の戲れ」ー第3樂章「風と海との對話」)で構成されています。

  

  ドビュッシーは1903年8月に『海』の作曲に着手します。同年9月12日附のジャック・デュラン及びアンドレ・メサジェに宛てた手紙には、《管弦樂の為の交響的素描『海』》の作曲に取り組んでいる事、作品は1.「サンギネール諸島附近の美しい海」、2.「波の戲れ」、3.「風が海を踊らせる」の3つの楽章で構成される事等が記されていて、此の段階である程度作品の構想が固まっていた事が窺えます。

  當時ドビュッシーは海から離れたブルゴーニュ地方のビシャン(Bichain)という町で作曲を進めており、先のメサジェ宛の手紙には「ブルゴーニュの丘から海は見えないが、記憶の中の海の方が現実よりも自分の感覺には合っている」と、海が見えない場所で『海』を作曲している事に對する言い譯めいた説明をしています。

  爾後、ドビュッシーの私生活が劇的に變化する中で作曲が行われ、オーケストレーションが進められたのはエンマとの逃避行で滯在したジャージー島やディエップに於いてで、第1楽章のタイトルの變更や第2楽章終結部の書き直しが行われたのはリリーの自殺未遂事件によって世間からのバッシングを受けている最中の事でした。

  全曲が仕上がったのは1905年3月5日で、 着想から完成までに約1年半を要したものの、『夜想曲』が5年、『映像』が7年の年月を必要とした事に比べれば、異例の早さであるとも云えましょう。

  斯うして完成した『海』は具体的な標題を有するにもかかわらず、構成に重点が置かれた絶對音樂的な作品であり、一種の交響曲と看做される事さえ有ります。 其の實、全體が3つの楽章で構成されている點や、複數の楽章に亙って同一主題や動機を用いる「循環形式」が用いられていると謂った點は、當時のフランスの作曲家が書いた交響曲とも共通する者です。

  但し、音樂を構成する原理は、從来のソナタ形式である「主題提示」-「展開」-「再現」と謂った直線的なものではなく、動機や主題が相互に關係を持ちながら螺旋を描くように生成轉化して行くと謂う全く新しい獨自のものです。

 

  初演は、1905年10月15日にパリに於いてシュヴァイヤールの指揮するラムルー管弦樂團に由り行われましたが、聽衆の反應は芳しく無く、爾後暫くの間ドビュッシーの創作活動は極端に低調なものと成ってしまいます。

  そして、1908年1月12日にエドゥアール・コロンヌの指揮するコロンヌ管弦樂團に由って再演される事に成るものの、練習の段階でコロンヌが曲を纏め切れず、公演を1週間延期した上、ドビュッシーに指揮を交代してしまいます。斯うして同年1月19日に作曲者自らの指揮に由って《海》の再演が行われたのですが、此の公園が「熱狂の嵐の如き大成功」と成り、ドビュッシーは翌週1月26日にも指揮臺に立つのみならず、2月1日にはロンドンでも指揮し、斯くして《海》は名作としての地位を確立して行く事と成ったのでした。

 

  今日紹介させて頂くのは、ジョージ・セルの指揮するベルリン・フィルハーモニー管弦樂團に由り1957年8月9日に行われたザルツブルク音樂祭に於ける演奏會のライヴ録音です。

 

  セルは《海》を得意としていた樣で、其の明快にして、アンサンブルの精度が高く、時にスリリングな渦を捲き、時に纖細なタッチで濃淡を創り出して行く様は、如何にもセルらしく、強弱の加減とアゴーギクの絶妙さに惚れ惚れとさせられてしまいます。そして、それがライヴろなると、更にエキサイディングさを増し、凄みを感じさせる程熱い者となります。其の好例が1957年のルガーノや1965年のレーニングラードに於けるライヴ演奏です。

  《海》の演奏には、描写的、寫實的、フランス的、機能的、交響的等と謂った方向性が有るは確かで、孰れが正解であると謂う譯ではなくして、夫々に名演為る者が存在している樣です。

  惟、印象派の作品となると、一般には何處かしら靄っとしたものであるというイメージが附き纏うのは否めないのですが、此のセルやトスカニーニの樣な曖昧模糊とした雰圍氣とは無縁の、細部迄彫琢され盡した緻密でくっきりとした演奏も「有り」で、而も名演である氣がしてなりません。其れに熱が加わるとなると、猶更です。

  併し乍ら、其の一方で、セルという指揮者に關しては、「セルとクリーヴランド管は上手い事は上手いが、メカニックで冷たい」と謂った樣な評價が為されて來ました。其れは、多分に其のセッション録音を聽く限りに於いての評價であり、小生にしても然りで、セルのライヴ演奏の録音を聽く迄は正直何處かぎすぎすとした感覺を覺えた者です。そうした方々に是非とも聽いて頂きたいのが、何を隱そう、他のドイツ系のオケを指揮したライヴ演奏です。とりわけ、ベルリン・フィルを指揮した演奏には、名演中の名演と云って然るべきものが數多存在していて、此の《海》が其の中の一つで、クリーヴランド管には無いBPO特有の豊麗な響きが印象的です。

  又、白熱度という點に掛けては、トスカニーニ、ミュンシュのライヴ(特にパリ管との者)と並ぶ名演であると云い得るのではないでしょうか。

  

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  George Szell (Dirigent)

    Berliner Philharmonisches Orchester

 

第1樂章「海上の夜明けから真晝迄」

De l'aube à midi sur la mer

 

第2樂章「波の戲れ」

Jeux de vagues

 

第3樂章「風と海の對話」

Dialogue du vent et de la mer

(1957.08.09 Live-Aufnahme)