サーバタのレスピーギ   《羅馬之祭》

 

Ottorino Respighi

《Feste Romane》

Sinfonische Dichtung 

”Römische Feste”

 

 

 

  今日採り上げるのは、レスピーギの交響詩《羅馬之祭》です。

 

  此の曲は、イタリアの作曲家オットリーノ・レスピーギが1928年に完成させた交響詩で、「羅馬三部作」(《羅馬之噴水》、《羅馬之松》及び本作)の最後を飾る作品と為る者です。

  初演は1929年2月21日にアルトゥーロ・トスカニーニの指揮するニューヨーク・フィルハーモニックの第2377回定期演奏會に於いて行われています。

 

  單一樂章で4つの部分が切れ目なく演奏され、各部分は古代ローマ時代、ロマネスク時代、ルネサンス時代、20世紀の時代にローマで行われた祭りを描いた者で、夫々レスピーギ自らに由る以下の樣なコメント(標題)が附けられています。

 

  第1部:チルチェンセス(Circenses)

  「チルコ・マッシモに不穩な空気が漂う。だが今日は市民の休日だ。『ネロ皇帝、万歳!』鐵の扉が開かれ、聖歌の歌聲と野獸の唸り聲が聞こえる。群衆は興奮している。殉職者達の歌が一つに高まり、軈て騷ぎの中に搔き消される。」

 

  古代ローマでは紀元前から平和の統治のために食料や娯楽が市民に提供されました。所謂「パンと見世物」と呼ばれる政策で、チルチェンセスとはこの見世物の事です。前座に猛獸對猛獸や人間對猛獸の闘いも有り、重罪人やキリスト教徒らが猛獸の餌食とされました。此の曲ではキリスト教徒と猛獸の對峙の樣子が描かれています。決闘は100日を超える市民の休日に開催され、ローマの貴族や善良な市民がオペラ鑑賞のように樂しみました。又、チルチェンセスというのは、一名アヴェ・ネローネ祭ともいい、皇帝ネロが民衆を喜ばせるために圓形劇場で行った事から其の名が附けられました。「アヴェ・ネローネ≪Ave, Nerone!≫」は「ネロ皇帝万歳」ということに相當する者です。尚、決闘はチルコ・マッシモではなく、ネロの時代は圓形劇場で催されていた樣です。

  レスピーギは、キリスト教徒達が衆人環視の中で猛獸に喰い殺されると謂う此の残酷な祭りの一部始終を克明に描いています。導入部では闘技場に詰めかけた市民の喚聲を表す部分とブッキーナによるファンファーレの部分が交互に現れ、次第に其れ等は渾然一體と成って興奮が高まって行きます。次の低音樂器によるスタッカートの場面では解説者によって解釋が異なっており、「闘技場の扉が開き犠牲となるキリスト教徒たちが重い足取りで入場する」「鉄の扉が押し開かれて飢えたライオンが姿を現す」等と謂った者が有ります。弦樂器や木管樂器群がキリスト教徒達の祈りを思わせる讚美歌風の旋律を歌い始めます。一方、猛獸達の唸り聲に似た低音楽器群が荒々しく割り込みます。弦樂器と木管樂器の歌聲はより發展し、速度が増し、音程も高くなって行きます。此れに對し、金管樂器の猛獸の唸り聲も段々と高まって行きます。

 

  第2部:五十年祭(Il Giubileo)

 

  「巡礼者たちが祈りながら街道をゆっくりと遣って來る。モンテマリオの頂上に待ち焦がれた聖地がついに姿を現す。『ローマだ!ローマだ!』一齊に歡喜の歌が沸き上り、それに應えて教會の鐘が鳴り響く。」

 

  五十年祭とは、50年毎に行われているロマネスク時代のカトリックの祭(聖年祭)です。世界中の巡禮者達がモンテ・マリオ (Monte Mario) の丘を登り、頂点へ辿り着き、其の嬉しさの餘り「永遠の都・ローマ」を讚え讚歌を歌い、其れに答えて教會の鐘が鳴ります。古い讚美歌「キリストは蘇り給えり」が使われています。

  

  第3部:十月祭(L’Ottobrata)

 

  「カステッリ・ロマーニの十月祭はブドウの季節。狩りの合圖、鐘の音、愛の歌に續き、穩やかな夕暮れのロマンティックなセレナーデが聽こえて來る。」

 

  ローマ郊外に在るカステッリ・ロマーニという地域で、秋の葡萄の收穫を祝って開催されるルネサンス時代の祭がモチーフと成っていて、ローマの城が葡萄で蔽われ、狩りの響き、鐘の音、愛の歌に包まれ、軈て夕暮れ時になり、甘美なセレナーデが流れます。

 

  第4部:主顯祭(La Befana)

  

  「主顯節前夜のナヴォーナ廣場。お祭り騷ぎの中、ラッパの獨特なリズムが絶え間なく聽こえる。賑やかな音と共に、時には素樸なモティーフ、時にはサルタレッロの旋律、屋臺の手廻しオルガンの旋律と賣り子の聲、酔っぱらいの耳障りな歌、更には人情味豊かで陽氣なストルネッロ『我等ローマっ子のお通りだ!』も聞こえて來る。」

  ナヴォ―ナ廣場で行われる主顯祭前夜の祭がモチーフで、三賢人がキリストを禮拜した主顯祭は、カトリック信者にとってはクリスマス以上に重要な行事で、其の騷ぎぶりも半端では有りません。更に、イタリアでは1月6日の朝、魔女のベファーナが暖爐に吊るしてある靴下に良い子だった子供にはキャンディや玩具、惡い子には木炭を入れて行くという民間傳承が廣がり、廣場にはベファーナの人形や假装、お菓子を賣る屋臺等で大變賑わいます。第4部のイタリア語の標題「La Befana(ベファーナ)」は、文化の違いに配慮したのか、英語では「Epiphany(エピファニー)」と標記され、日本でも其の流れで以って「主顯祭」と譯されています。

  踊り狂う人々、手廻しオルガン、物賣りの聲、醉拂った人(グリッサンドを含むトロンボーン・ソロ)等が續き、強烈なサルタレロのリズムが壓倒的に高まり、狂喜亂舞の中にエンデイングと成ります。

    

  

  今日紹介させて頂くのは、ヴィクトル・デ・サーバタの指揮するベルリン・フィルハーモニー管弦樂團に由り1939年に行われたセッション録音です。

 

  トスカニーニに次ぐイタリアの大指揮者であるサーバタは、只單に指揮者として優れていただけでなく、多樣な音樂的才能に溢れ、あらゆる樂器に精通するのみならず、コンサートホールに於ける音響の違いにも細やかな氣配りをしていたと云います。其のサーバタがBPOを指揮すると謂うユニークな演奏で、深みの有る低音基調の重厚さを特徴とするベルリンフィルではありますが、此のオケの持つ對應力の素晴らしさが見事に發揮されていて、味わい深く聽き應え充分です。録音も此の時代にしては實に鮮明で、鑑賞に差支え無いと云えましょう。殘響を好まなかったと云われるトスカニーニの録音とは違った意味での名演なのではないでしょうか。

 

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  Victor de Sabata (Dirigent)

    Berliner Philharmonisches Orchester

 

      第1部:チルチェンセス(Circenses)

 

      第2部:五十年祭(Il Giubileo)

 

      第3部:十月祭(L’Ottobrata)

 

      第4部:主顯祭(La Befana)

(1939)