クーセヴィツキーのシベリウス《ポヒョラの娘》Op.49

 

Jean Sibelius

Pohjolan tytär

Sinfonische Dichtung

 "Pohjolas Tochter" Op.49

 

 

 

  今日採り上げるのは、シベリウスの交響詩《ポヒョラの娘》作品49です。

 

  此の曲は、ジャン・シベリウスが1906年に作曲した交響詩で、フィンランドの民族叙事詩『カレワラ』に基づき、其の英雄であるヴァイナモイネンの物語が音樂に由って展開されて行きます。

 

  初演は1906年12月29日にサンクトペテルブルクにて、シベリウス自らの指揮するマリインスキー劇場管弦樂團に由り行われています。

 

  物語の粗筋は以下の樣なものです:

 

  白髭を蓄えた不撓不屈の英雄ヴァイナモイネンは、暗い景色の中を橇で滑っている時、虹に腰掛けて金絲で布を織り上げている北國ポヒョラの娘を見つけます。英雄は娘に同行する樣に誘って見るものの、娘は「自分が課した數々の困難な試練を果たせるような男にしか附いて行かない」と答えます。其の試練とは、彼女の絲捲き車の欠片で舟を拵えるとか、目には見えない結び目に卵を結わえ附けるとかと謂うものでした。ヴァイナモイネンは熟練した魔術によってこれらの試練を果たそうとするも、惡靈に裏を搔かれて自らの斧で負傷してしまいます。ヴァイナモイネンは諦めて試練を投げ出し、肅々と旅を續けるのでした。

  與えられた試練を果たそうとして挫けたヴァイナモイネンをポヒョラが嘲り笑う場面で使われる「ポヒョラの愚弄の動機」は、映画『サイコ』の刺殺の場面に流れるバーナード・ハーマンの樂曲に影響を與えたと云われています。

 

  今日紹介させて頂くのは、セルゲイ・クーセヴィツキーの指揮するボストン交響樂團に由り1936年5月6日に行われたセッション録音です。

 

  シベリウスの音樂に大きな共感を寄せ、アメリカに於いて1930年代に纏まった數のシベリウス作品の録音を手掛けて孤軍奮闘したクーセヴィツキーですが、其の音樂は現代の耳からすれば如何にも時代掛かったものであると思われても仕方がないかも知れません。シベリウスの音樂は其の初期に在っては、チャイコフスキーから多大な影響を受けていたのは確かで、次第に其の影響から拔け出し、シベリウスならではの音樂世界を創り上げて行く譯ですが、此のクーセヴィツキーの演奏するシベリウスは餘りにもチャイコフスキーの影響下に在る音樂として鳴り響いているのを否めません。そう謂った意味に於いては、過去の遺物として忘れ去られても仕方がないのかも知れませんが、劇場人として聽き手にとって分かり易く、そして大きな興奮を與える事を本能的に求める指揮者であった事を考慮に入れるならば、此れ程迄にシベリウスの音樂を大きな構えで華やかに、そして時には深い憂愁を込めて演奏する人は居ないのかも知れません。從って、上述した事どもをも慮った上で、斯うしたアプローチというのも、今の時代からすると「有り!」なのではないかと思えてなりません。小生個人の見解としては、低聲部を基調とした陰翳の濃いクーセヴィツキー時代のボストン響の響きは、カラヤン美學に染まり切る以前のBPOの重厚で温もりの有る響きと同樣に、シベリウスの音樂に良く似合っているものであり、斯うした音が聽かれなくなってしまった事がとても殘念でならないのです。

 

  演奏メンバーは以下の通りでs:

 

  Sergei Kussewizky (Dirigent)

    Bostoner Symphonie-Orchester

 

(1936.05.06)