カラヤンのチャイコフスキー《ロメオとジュリエット》

 

Pjotr Ilijtsch Tschaikowskij

Fantasie-Ouvertüre "Romeo und Julia"

 

 

 

  今日採り上げるのは、チャイコフスキーの幻想序曲《ロメオとジュリエット》です。

 

  此の曲は、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーがシェイクスピアの戲曲《ロメオとジュリエット》を題材として作曲した演奏會用序曲で、1869年の9月から11月に掛けて作曲が為され、1870年の3月16日にモスクワに於いてニコライ・ルビンシテインの指揮に由って初演が行われています。樂譜は1871年にベルリンで出版されたのですが、其の際に大幅な改訂が行われたのみならず、爾後に於いて改訂が為され、現在演奏されている決定稿が出版されたのは1881年の事です。

  因みに、交響曲第1番《冬の日の幻想》と第2番《小ロシア》の間に作曲された此の曲こそがチャイコフスキーの最初の傑作という聲が多い樣です。

 

  1868年、チャイコフスキーは當時のロシア音樂界で實權を握っていたロシア5人組の代表格であるミリイ・バラキレフと知り合い、自らの作品を彼に獻呈して批評を仰ぐ等し乍ら交友を深めて行きます。其れから1869年8月にバラキレフがチャイコフスキーの許を訪ねた折、シェイクスピアの「ロメオとジュリエット」を題材とした作品の作曲を勸めたとされています。そして其の際、曲に用いる主題と其の調性等、細かい部分に關しても具體的な助言を與えた外、「作曲の筆が進まない」というチャイコフスキーの手紙に自ら譜例を書き添えて返事を送る事も有ったと云います。

  斯うして第1稿が完成し、爾後もバラキレフの批評を受け入れ乍ら、第2稿、第3稿(決定稿)と改訂して行く事になります。尚、題名に「幻想序曲」と附されたのは第2稿からであるそうです。

 

  冒頭、修道僧ロレンスを表すコラール風の莊重な序奏をクラリネットとファゴットが奏で、續くソナタ形式に由る主部では、モンタギュー家とキャピュレット家の諍いを表す激情的な第1主題が現れます。弦樂器と管樂器の激しい掛け合いは兩家が劍を交わす所をイメージしています。少しずつ落ち着いて來た所で長調へと轉調し、コールアングレと弱音器附きのヴィオラに由ってロメオとジュリエットの戀を描く甜美な第2主題が現れます。ヴァイオリンが敵の家の人に戀をしても良いのかと2人が惱む樣子を奏でた後、フルートとオーボエに由って再び第1主題が序奏の主題を伴い乍ら斷片的に現れ、兩家が激しく爭っている樣子を奏でます。

  弦樂器が下降すると、オーボエに由り先程弦樂器に由って奏でられた2人が惱む樣子のメロディーが演奏され、其れに續いて第1主題と第2主題が再現されます。ロメオとジュリエットの戀を描く第2主題を弦樂器が演奏した後、トランペットが2人の死を暗示するメロディーを歌います。各主題が交錯し乍ら盛り上がりは最高潮に達し、假死狀態に在るジュリエットを死んでしまったと勘違いしたロメオの氣持ちを表すかの樣に、より一層激しい曲調に成った後、鋭い1音が奏でられます。此れはロメオが毒藥に由って死んでしまった事を表しています。又、續くティンパニに由る鋭い1音は、眼が醒めたジュリエットがロメオを追い驅けて自殺した事を表しています。ティンパニのロールが終わると終結部に入ります。終結部は葬送行進曲風のティンパニの心臟の音を表す刻みに悲し氣な第2主題が重なり、木管樂器が天に召される2人の樣子を清らかに奏でると、最後はトゥッティの緊迫した和音でエンディングと成ります。

 

  今日紹介させて頂くのは、ヘルベルト・フォン・カラヤンの指揮するウィーン・フィルハーモニー管弦樂團に由り1946年10月に行われたセッション録音です。

 

  チャイコフスキーの最高傑作の一つとされる此の曲であるだけに、名盤と呼ばれる演奏は數多く存在しています。

  先ず初めに擧げておきたいのは、リズムやテンポのコントラストを強くしながら、極めてドラマティックに展開させているSP時代のストコフスキーの指揮するフィラデルフィア管弦樂團の演奏です。情熱と波瀾万丈、そして悲劇的な戀と美しさがものの見事に描かれています。惟、曲の最後に現れる葬送行進曲に於いて本來挟まれる樂器の全合奏が切り落とされていて、此れは指揮者自らの判斷で為されたものであると思われますが、「悲戀が死に因って靜かに幕を閉じる」という大膽な試みの音樂的演出は、聽き手の心にグッと來るものである事は確かであると云えましょう。

  そして、次に擧げたいのがカラヤン先生の演奏です。

  カラヤンは此の曲を殊に得意にしていた樣で、セッションのみで4回録音が為されています。

  ① 1946年のWPとのもの

  ② 1960年のWPとのもの

  ③ 1966年のBPOとのもの

  ④ 1982年のBPOとのもの

 

  何れもストコフスキーの名盤に比べると、「すっきりとスマート」に聽こえる演奏で、強弱もストコフスキー程激しくはさせずに、チャイコフスキーの音樂の具える耽美的な魅力を見事に表現しています。かと云って、迫力を欠いているのでは決して有りません。木管樂器は柔らかく歌い、弦樂器の音色も殊の外優美で、金管樂器の此處ぞという時のドラマティックな主張も感動的です。そして、兎にも角にも全體としてのバランスの良さが絶妙で、聽く者をして幻想の世界へと誘ってくれるのです。

 

  チャイコフスキーの音樂の魅力は何と云ってもドイツ系の音樂には無いメロディーの美しさに在るというのが小生の我見でして、斯うした點を存分に表現し得ているのは上記の兩者を除いて外には無いと思うのです。

 

  其處で、同じカラヤンでも何故1946年の演奏なのかと謂う事に成るのですが、此れとて小生の我見に過ぎぬのかも知れませんが、カラヤン先生は自らが得意とする曲を何度も演奏しています。そして、其れ等に共通して云えるのは、時代が後に成るに從ってロマン的な色合いが薄れているという點です。其の典型的な例が同じチャイコの交響曲第6番《悲愴》とブラームスの交響曲第1番でしょう。此の《ロメオとジュリエット》にしても然りで、此れは偏に時代と謂う者の為せる技であるというより外無さそうで、人智では如何ともし難いものなのやも知れません。其の意味に於いて、最も此の曲に相慶しいのが1946年の演奏であると云えるのではないでしょうか。

  カラヤンは1946年を皮切りにWPと一連の録音を殘していますが、ベート―ヴェンの『第9』やブラームスの《ドイツ・レクイエム》を始め、其れ等は何れもが名演で、若きカラヤン先生の創り上げる覇氣に滿ち滿ちた水の滴るが如き音樂が却って聽き手に新鮮さを感じさせてくれます。

  1960年の演奏は、英DECCAの企劃に由る新たにセッション用に準備されたゾフィエン・ザールで行われた録音で、ステレオ録音初期の音の良さから、其れ迄日の目を見なかった曲が新たに注目されると謂った現象が現れ、其の典型的とも云えるのがカラヤンのチャイコの三大バレーの組曲、ホルストの《惑星》、ドゥヴォルジャークの交響曲第8番等でした。惟、録音技術が大いに發展を遂げた今日の耳からすると、古さが感じられるのは確かで、其れ故に淘汰され、「賞味期限切れ」のレッテルを貼られてしまったものも少なくは無い樣です。

  此の1960年の演奏と比べると、1946年ものは音質的には隨分と分が惡くはあるものの、その一方で、より奥深いと謂うか、音の擴がりが感じられる氣が致します。此れは恐らく演奏されたホールの違いにも由るものかも知れません(46年は樂友協會ザール)。其れに加えて、よりロマン的色彩が強いというのも上述の通りです。

  1966年の演奏は、BPOとのもので、恐らくは漸くにして自らの「カラヤン美學」なるものを表現するのに満足の行くレベルに育て上げたBPOという樂器の性能を誇示せんが為に行われたものなのでしょう。全盛期とも云える此のオケのアンサンブルは完璧なまでに見事で、非の打ち所が無いのは確かではあるのですが、何處とは無しにWPとのものに比べて「無機質」さが感じられ、其れが嫌味に思えて來るのも確かです。

  最後の1982年の再録は、年齡から來る衰えと全盛期を過ぎたBPOのアンサンブルからして、「此れがカラヤン先生なの?」と云いたくなる樣な全く別物の演奏に成ってしまっています。

 

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  Herbert von Karajan (Dirigent)

    Wiener Philharmoniker

 

 

(1946.10.28-29)