シューリヒトのベートーヴェン Op.62《コリオラン》

 

Ludwig van Beethoven

Ouvertüre zu "Coriolan" c-moll Op.62

 

 

 

  今日採り上げるのは、ベートーヴェンの序曲《コリオラン》作品62です。

 

  此の曲は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが1807年の初め頃に作曲した演奏會用序曲で、恐らく短期間で完成したものとされています。ベートーヴェンの友人で、ウィーンの宮廷秘書官を務め、又法律家で詩人でもあったハインリヒ・ヨーゼフ・フォン・コリンに由る、古代ローマの英雄コリオラヌスを主人公にした戲曲《コリオラン》を見た時の感動が作曲の動機と成ったと云われています。物語は、古代ローマで大きな勢力を誇っていたにも關わらず、政治上の意見の相違で追放されたコリオランが、隣國の将軍と成って大軍と共にローマへの進攻に參加するものの、妻と母の獻身的な忠告で再び祖國側に就いたが為に殺されてしまうというものです。獻身的な妻が出て來るという點で、ベートーヴェン唯一のオペラである《フィデリオ》との類似が見られます。

  此の曲が書かれた1807年に、ベートーヴェンは交響曲第4番、第5番、第6番の3つの交響曲やピアノ協奏曲第4番、ヴァイオリン協奏曲等を作曲していますが、斯うした多忙な中で此の序曲は一氣に書き上げられたそうです。とりわけ、第5交響曲の第1樂章と同じハ短調、アレグロ・コン・ブリオである外、動機の執拗な展開等といった類似點が多く看出せます。曲は、上述のコリンに獻呈されています。

 

  4分の4拍子のソナタ形式で書かれていて、如何にもベートーヴェンらしい打擊的な激しい冒頭部で始まり、直ぐに暗くも行動的な感じの第1主題が續きます。此の主題は傲慢且つ情熱的な主人公の性格を表現していると云われています。第2主題は主人公を憂える妻とも比せられる柔らかいものではありますが、緊張は持續された儘で、再び第1主題を基調に悲劇的な色彩を濃くして。第1主題の動機が伴奏に回っている中、其の儘展開部に移行し、其の展開部は提示部のコデッタと類似したもので、ベートーヴェンの交響曲の其れよりは變化に乏しくはあるものの、力強く劇的です。冒頭の打擊を迎えて再現部に入り、再現部は略型通りに進むのですが、突如切れてコーダと成ります。コーダは第2主題で始まり、提示部と同じ展開で悲劇色を強めた後に、冒頭の打擊が堰き止めるかの如くに三度立ち現れ、其の後息も絶え絶えと成った第1主題で曲を終えるという構成と成っています。

 

  今日紹介させて頂くのは、カール・シューリヒトの指揮するシュトゥットガルト皆にドイツ放送交響樂團が1952年9月25日にゼンデザール・ヴィラ・ベルクで行った演奏會のライヴ録音です。

 

  指揮者として客觀性を重視したシューリヒトの演奏スタイルは、基本的にテンポが速く、リズムが鋭く冴え、響きは生命力に充ち、且つ透明度の高いものです。そして、其の樂譜の讀みはどの指揮者よりも個性的で、時に即物的に嚴しく響かせる事が有るかと思えば、時にテンポを動かし乍らロマンティックに歌わせる事も有ります。

  此の《コリオラン》序曲も、シューマンの交響曲第3番《ライン》の冒頭で聽かせてくれたのと同樣に、斯うしたシューリヒトの音樂性が遺憾なく發揮されていて、速いテンポでありながらも、不思議とダイナミックでスケールの大きさを感じさせ、正に傲慢且つ情熱的な主人公コリオランの性格を見事に體現している感が有ります。就中、展開部のダイナミックさは格別です。

  冒頭の一音から凄まじい白熱した壮絶な演奏を繰り廣げて見せてくれたフルトヴェングラーが1943年に行った劇的表現に勝るとも劣らぬ秀演であると云い得るのではないでしょうか。

 

  演奏メンバーは以下の通りです:

 

  Carl Schuricht (Dirigent)

    Sinfonieorchester des Süddeutschen Rundfunks

    Stuttgart

 

(1952.09.25 Live)