おひさしぶりです
ちょっとブログの更新が出来ない状況でした・・・
パソコンに電源を入れる気力がおきなくて・・・
あたしのばぁちゃんが3月17日に82年の生涯を終えました。
今年の正月過ぎに咳がひどくなってきて入院する事になりました。
検査の結果『突発性肺繊維症』という病気でした。
難病に指定されているそうです・・・。
肺がだんだん堅くなって、最後に呼吸困難を起こすそうです。
風邪で、症状が悪化する病気だそうです。
でも、薬で少し病状を押さえられると聞きました。
どこかに希望を持ってました。
途中一時帰宅ができるほど良くなってきてました。
その病気を押さえる薬の副作用で
もともと持ってた糖尿病が悪化しました。
インシュリンを打つことになりました。
その練習を頑張ってました。
3月6日
咳がひどくて、熱が出ました。
酸素を送るために鼻に呼吸器をつけることになりました。
あたしはただただ悲しくて少し泣いてしまいました。
ばぁちゃんは思い出話を頻繁にするようになってました。
熱が出たり出なかったりを繰り返し
ばぁちゃんが引き出しの中から
紙を出して、見せてくれました。
『間質性肺炎』と書いてありました。
あ・・・・とうとう・・・とショックを隠せませんでした。
酸素マスクをつけるようになりました。
しゃべるのも苦しいようでした。
12日まではなんとか食事ができてました
3月13日
咳の状態が悪く食事もとれなくなってました。
夜、モルヒネを打って咳を止める方法になりました。
妹と姪っ子とあたしとウチのお嬢達。ダンナさんもウチの母も
この日から、千羽鶴を折り続けました
3月14日
ばぁちゃんの咳は治まらず、苦しそうでした。苦しかったと思います。
ばぁちゃんの命は3日~1週間だと言われました。
3月15日
ばぁちゃんの病室でじぃちゃんが倒れました。
幸い命には別状がなかったんですが、『解離性大動脈瘤』と診断されました。
ICUに入院することになりました。
3月16日
千羽鶴は740匹になりました。
この日は一日、あたしが病院に付いてました。
朝から、脈拍が不正で、血圧も上が50代になってました。
手が異常に冷たくなり
ばぁちゃんに一生懸命話しかけて、歌を歌ったりしてました。
妹が夜、付き添って泊まることになってましたが、
あまり良くない状態なので、母に変わってもらうことになりました。
3月17日
5時30分、携帯に母から電話。
「すぐきて」
5時36分病院到着
ばぁちゃんは楽そうになってました。
苦しみから解放されてました。
随分、病状については省いて書いてます。
ばぁちゃんは最後まで気丈でした。
強い人でした。
あたしの方が弱音をはきそうでした。
辛かったし悲しかった。
文字では伝えきれない部分がほとんどです。
ホントにばぁちゃん大好きでした。
パソコンに電源を入れる気力がおきなくて・・・
あたしのばぁちゃんが3月17日に82年の生涯を終えました。
今年の正月過ぎに咳がひどくなってきて入院する事になりました。
検査の結果『突発性肺繊維症』という病気でした。
難病に指定されているそうです・・・。
肺がだんだん堅くなって、最後に呼吸困難を起こすそうです。
風邪で、症状が悪化する病気だそうです。
でも、薬で少し病状を押さえられると聞きました。
どこかに希望を持ってました。
途中一時帰宅ができるほど良くなってきてました。
その病気を押さえる薬の副作用で
もともと持ってた糖尿病が悪化しました。
インシュリンを打つことになりました。
その練習を頑張ってました。
3月6日
咳がひどくて、熱が出ました。
酸素を送るために鼻に呼吸器をつけることになりました。
あたしはただただ悲しくて少し泣いてしまいました。
ばぁちゃんは思い出話を頻繁にするようになってました。
熱が出たり出なかったりを繰り返し
ばぁちゃんが引き出しの中から
紙を出して、見せてくれました。
『間質性肺炎』と書いてありました。
あ・・・・とうとう・・・とショックを隠せませんでした。
酸素マスクをつけるようになりました。
しゃべるのも苦しいようでした。
12日まではなんとか食事ができてました
3月13日
咳の状態が悪く食事もとれなくなってました。
夜、モルヒネを打って咳を止める方法になりました。
妹と姪っ子とあたしとウチのお嬢達。ダンナさんもウチの母も
この日から、千羽鶴を折り続けました
3月14日
ばぁちゃんの咳は治まらず、苦しそうでした。苦しかったと思います。
ばぁちゃんの命は3日~1週間だと言われました。
3月15日
ばぁちゃんの病室でじぃちゃんが倒れました。
幸い命には別状がなかったんですが、『解離性大動脈瘤』と診断されました。
ICUに入院することになりました。
3月16日
千羽鶴は740匹になりました。
この日は一日、あたしが病院に付いてました。
朝から、脈拍が不正で、血圧も上が50代になってました。
手が異常に冷たくなり
ばぁちゃんに一生懸命話しかけて、歌を歌ったりしてました。
妹が夜、付き添って泊まることになってましたが、
あまり良くない状態なので、母に変わってもらうことになりました。
3月17日
5時30分、携帯に母から電話。
「すぐきて」
5時36分病院到着
ばぁちゃんは楽そうになってました。
苦しみから解放されてました。
随分、病状については省いて書いてます。
ばぁちゃんは最後まで気丈でした。
強い人でした。
あたしの方が弱音をはきそうでした。
辛かったし悲しかった。
文字では伝えきれない部分がほとんどです。
ホントにばぁちゃん大好きでした。