天気が下り坂だというので毟った草を放り込んで庭におきっぱにしたままのゴミ袋を暗闇の中カーポートに運ぶにあたり盛大にコケた。
……‥膝を擦り剥いたのは何年振りだろう……血が滲んだそこは今や青タンができ、なんか腐ったジャガイモのよう……
三四郎なら2時間もすれば傷は塞がるのに、と妄想。
なーんて書き始めたのが9/23 Σ\( ̄ー ̄;)
ということで妄想文に付き注意
「さ……てと、そろそろ行くか」
つい昨日までなかなかベッドから起き上がろうとせず、未練がましくそこにしがみ付いていた男がさっと起き上がり傍らに横たわる相方にあっさりと背を向けた。
気持ちよさそうに大きく伸びをした彼はそのまま夕べ床に脱ぎと落とした衣類を拾い上げる。
三四郎の任期もあと数時間を残すのみだ。サンドラ、ロードの契約延長要請を笑って拒否した彼は、当初の予定通り復路途中の植民コロニーで船を下りる。そして今、ジュール・ヴェルヌは彼の指定するコロニーの衛星軌道で停船しスペースポートへの入港許可を待っている。
ターミナルコロニーとはいえ辺境の小さな離発着デッキでは巡洋艦クラスのジュール・ヴェルヌは荷が勝ちて簡単に着艦できないのだ。そのため半日ずれ込んだ日程の空き時間をサンドラとロードはカイと三四郎に与えてくれた。
しかし彼らの善意は覚悟を決めていたカイには不本意なものだった。
間延びさせられてしまった『私たちの終わりの時間』を流されるまま抱き合った男の背をカイは遣る瀬無く見詰める。
別れが迫っていても三四郎の感情はいつもと変わらない、『終わりの時』に対する感傷すらない。彼にとってジュール・ヴェルヌを下りることも幾度となく繰り返してきた契約期間満了の一つなのだ。
当然そこで過ごしてきた仲間との別れも。
この男はこうやって『今』を『過去』にしていくのだ。
唯一無二、特別な存在だと認めている相手の『過去』に埋もれていくのを悲しむべきか、怒るべきなのかカイには判らない、ただそうなっていくのは寂しいと考えている。
と、ランニングシャツの袖を通し無造作に髪をまとめている三四郎の腕にカイの目は釘付けになった。
腕に穿たれた深く、切り裂いたような赤い爪痕。感極まって爪を立てたというような生易しいものではない、明らかに傷付ける意思があったと判る深さと長さをしている。縺れ合うようにベッドに倒れ込んだ時にはそんなものはなかった。つい先刻、この手で彫り付けたのだ。
その証拠に三四郎の高い治癒能力によって薄く傷口は塞がれかけているものの感応している痛みにはっきりとした輪郭がある。
カイは息を詰めて赤黒い血をこびりつかせる爪痕を凝視した。
ずっと以前、無意識のうちに歪んだ自己憎悪を三四郎にぶつけその肩に、腕に深く爪を立てていた。自制できない他害衝動に怯えたカイに『これは、どうしても必要なことなんだ』そう言って三四郎は以降、繰り返し穿たれる爪痕をカイの目から遠ざけた。
あれは過去のことだ……あの当時と今の私は違う。消えてなくなりたいとも考えていないし死は恐ろしいものだと知っている。なによりも私は三四郎を愛しているはずだ。
持てあます得体のしれない感情の正体を知りたくて三四郎と共に船を下りたカイはサマルからの帰路、涙も流れない乾いた目を凝らし虚空に三四郎を探し続けた。その手がかりどころか気配すら感じられない絶望と希望の狭間でようやく感情の名前を導き出せたのだ。
いったい何が私に愛しているはずの三四郎を傷付けさせる ?
その不在だけで生きることが辛いとまで感じるほど愛しているのに……
息を忘れたカイの視線の先で無造作に三四郎がこびりついた血を痛いとも言わず手の平で擦り取った。そして拾い上げたジャケットを羽織る。
まるで自分の過去を見せられているようだ、息を詰めているのとは違う息苦しさにカイはシーツの下で三四郎の腕を抉った手を握りしめた。
俺、時々あんたに本気で憎まれてるような気がするんだ 初めて他害行為に気付いたカイに思いのほか真剣に三四郎は尋ねてきた。同じ問いに今は違うと言い切れない自分をカイは自覚する。
愛と憎悪は表裏一体だ、愛するが故の憎しみをカイはこの旅で見てきた。
たとえばサーシャの激情、たとえばファティサ―リ大佐の執着、愛と憎しみが一体となったエネルギーの強さは痛いほど熱くて冷たかった。
私は三四郎を愛しているのと同じくらい憎んでもいるのか………?
私も彼らと同じなのか………?
三四郎は迫る別れを辛いとも、苦しいとも言わない、その欠片すら感情の中にない。今だけがすべてだと言い切るのと同じくらいの素っ気なさで長くて短かった『私たちの時間』を終わらせようとしている。
そういう男だと知っている、不実な男だと解っている、多分そうだろうと予測していた。頭でわかっていても気持ちがついていってないのか、だから憎いのか。
それともそんな気分にさせられたことが憎ませるほど面白くないのか。身体を繋げた男が縋りつかないのがそれほどまで屈辱なのか。
だから三四郎を再び傷付けたのか……?
愛していると信じてきたものが一瞬に崩れ、不安定に揺らぎ始めた自分を嘲笑い、見慣れた仕草でベッドに落ちていた革紐で髪を束ねる三四郎の背を見詰める。
と、身軽く立ち上がった三四郎が背を向けたまま見送りはいらない、とこの場での別れを告げた。そこに感傷は一切ない。単にいつもそそくさとベッドを離れてばかりのカイが未だ横たわったままでいるのを疲労のせいだと考えたからだ。カイは溜息にならないように注意深く息を吐いた。
たとえそれが事実であっても情緒に欠け鈍感な三四郎らしい労わりは揺らいでしまったカイにとって辛すぎた。
「……そういうわけにはいかない、船を下りるまで私はおまえのバディだ」
幾分硬くなったハスキーヴォイスに軽く目を見開いて三四郎が振り返った。軽くカイを見詰めアーモンドアイズを瞬かせた彼はすぐにいつもの快活な笑顔を取り戻した。
「それもそうだな」
じゃあな、軽く手を上げそう言った三四郎が軽い足取りでタラップを駆け下りていく。デッキに降りた彼は一度だけ振り返って吹っ切れた満足気な笑顔を肩越しに見せた。
一種の爽快感さえまとった朗らかな笑顔はジュール・ヴェルヌですべきことをやり遂げ、やり残したことも思い残すこともないと見送るクルーに伝えると共に、波乱に満ちた航海を越えてきた彼らに対する信頼に溢れていた。
俺がいなくてもあんたたちならやれる。俺がいなくてもあんたは大丈夫だろ、カイ………
セカンドクルーの任期終了まで三ヶ月、距離にして三分の一の航路が残されている。連邦の管理区域に到達したといえ辺境地帯にはそれなりの危険があるだろう。それを三四郎の欠けるクルーで乗り越えていかなくてはならないのだ。
あんたたちなら大丈夫、あんたならやれる………バイザー越しに一瞬だけかっちりと合った笑みを湛えた視線が、揺らいでいたカイの心を水平に戻す。
カイはゆっくりと三四郎の笑顔に頷いた。
私は大丈夫だ 愛しているということも許されない、表裏一体の憎しみを感じさせられていても絶対的な信頼だけは裏切らない。
微かに唇を吊り上げ大きな犬歯を覗かせた三四郎が正面に向き直り二度と振り返らず通路の角に消える。カイは見えなくなった背中に語りかけた。
三四郎、私たちはバディだ……
愛憎に傾いた天秤の皿に信頼を置いて水平を取り戻したカイはしかし、のちになって三四郎との認識の食い違いに打ちのめされることになる。
船を下りるまで私はおまえのバディだ………
再会した夜、『バディ』を終わったことだと考えていた三四郎と、ずっとそうあり続けていると信じていたカイとの認識の違いはどこから生まれたのか、を妄想してみた。
プラス愛と恋の違いを少し。相手を受け入れるのが愛だとするなら、相手に期待することが恋になるというか。でその辺を愛しているとは言わせない無情な三四郎に爪を立てることで織り込んでみたり……とか。