3/9 | 降ればどしゃ降り CAT&DOG

降ればどしゃ降り CAT&DOG

『青の軌跡』萌え語りメイン
時々、二次創作。多分にBLネタを含むのでご注意ください


以下妄想文に付き注意








 そこから得られるデーターは『彼』の眠りを徐々に覚醒させていた。目的を失い存在理由を消去されて眠りについた『彼』をそうさせるだけの価値がそれらのデーターにはあった。
 人工物に過ぎない『彼』には五感というものは備わっていない。その代用をセンサーが行っていた。それでもなお『味覚』と、『嗅覚』は欠落したままだ。その分『視覚』、『聴覚』、『触覚』は『彼』を作り上げた人間など足下に及ばないほどの鋭敏さである。
 ただしその機能は常に固定された定位置にあった。そこから得られるデーターは定点観測によるものに限られていたのだ。
 しかし今、『彼』は機能の移動を可能にする手段を得た。定点観測とは全く別のデーターは同じことを何万回と繰り返してきた『彼』にとって真新しい『確認』と言える。蓄積してきたものなど比較にならない。例えば初めて『彼』は自分というものの『形』を『確認』した。つい最近までの『数字』としての存在ではなく、『実物』としての存在を『確認』したのだ。『彼』は大きく、機能的で、強固だった。 その『彼』の中で共存する四人の人間。その存在も新たなるデーター蓄積の対象とするべきだと『彼』は『確認』した。四人の人間は『彼』の機能維持に不可欠だからだ。彼らを効率良く『作動』させるためには膨大なデーターが必要とされると『彼』は『確認』している。
 そのデーター採取には可動式センサーが有効だと『彼』は『確認』した。その際の注意事項はこのデーター採取は秘密裡に行うべきだということだ。人間は『彼』より非機能的で、弱く、バグが多いためである。特に被験者の中の一名は警戒しなければならない。登録名『カイ』、この被験者は『聴覚』でデーター授受を察知する能力を所持している。この被験者のデーター採取は遠隔観測と定点観測で行うことを『確認』する。
 『彼』はこれらの指令を『彼』を構成する総べての機能に命じた。
 『彼』、その名は『ジュール・ベルヌ』。
 思考型のコンピューターである『彼』は『イオン嵐』によって完全に覚醒した。








 ゼロと一の間を細かく区切ることに意味があるのだろうか…
 カイはゆっくりと移動しているように見える遠方の星を眺めてそう呟いた。光の加減や、その大きさからおそらく一万光年ほど離れているはずのその星が、手を伸ばせば届きそうなほど近くに見える。決して届くことがないと判りながら、届きそうだと感じるこの差が『考えること』と『感じること』の違いなのかもしれない、眺めている星にすら生真面目に理屈付けたカイは苦笑する。
 普段この場所の、この器材の上で寝そべって星を見ている相棒はこんなことを考えたりはしないだろう。単純に、『綺麗だ』と見惚れるだけに違いない。あるものをありのままに受け止める相棒の、そういった部分に時折カイは嫉妬すら感ずることがある。
 ちょうど今がそうだ。
 だれもいない側面デッキの器材の上にカイは姿勢を正して座っている。誰が見ているわけでもないのに、定規を当てたように背筋を伸ばし、足を組むことすらせずに、強化ガラス越しの星々を眺め続けていた。こうすることが、ここ最近のカイの習慣となっている。当直を終え、必要最低限の生命維持行為を済ませると、すぐにここに引き籠もった。ライブラリーで研究資料に目を通すこともせず、自室で論文を手がけたり、任務に必要だと思われる資料を製作することもしない。
 広く、無人で、エネルギーの通っていない『死んだ』機械群と、ひんやりとした星の無機質さがカイの心を癒してくれる。この静寂さがなければ、カイは今以上に憔悴していただろう。
 一歩通路に出ればそこは悪意ある『好奇心』に満ち溢れている。
 神経を抉じ開けるような無遠慮さと、押し潰されそうな質感を持った『好奇心』は悪意としか言い様がなかった。いつも、いつも、『好奇心』というものはカイを苦しめてきた。欲望と同義語と言って良いほど、生臭い空気となってまとわり付いていたものだった。しかし、あの日以来感じられる『好奇心』に欲望の匂いはなかった。それどころか『好奇心』以外の感情はまったく感じられない。そしてその『好奇心』は恐ろしいほど冷ややかだった。
 まるで細かく切り刻まれ、分析され、数値に置き換えられたような気分になったのだ。長い間『好奇心』に晒されてきたカイも初めて味合う感覚だった。 そんな『好奇心』の持ち主をカイは当初『ゴロー』だと錯覚した。何故ならば『ゴロー』のセンサーが稼働している先には必ず『好奇心』も感じられるからだ。
 しかし、しばらくして遠くから盗み見るような『好奇心』の気配にそうでないことに気が付いた。まるで距離を測るかのように定点から一定のパワーで探りを入れてくる。こんな計算尽くされた『好奇心』を繰り返すことなど人間には不可能だ。まるで学術サーチをするコンピューターそのものだと考えが至ったとき、カイはその主を知った。
 『ジュール・ベルヌ』に搭載された思考型メイン・コンピューターがその主だ。そのコンピューターを頭脳とするのならば、器である船は体と言って良い。船を『彼』と呼ぶことは『擬人化』するようで躊躇がある。しかし『彼』はかつて製作者の『感情』によって暴走しているのだ。パスワードによって事なきを得たが、『目的』を失った『感情』がどこへ消えたのか誰も疑問に思わなかった。その存在を誰よりも感じていたはずのカイですらプログラムの解除と共に消えたのだと信じていたほどだ。
 だが『彼』は再び目覚めて、子供のような『好奇心』で自分たちを観察している。分析し、パターン化し、数値化して自分たちをデーターとして集積している。自分自身の人格を無視されデーター化されていく嫌悪感は総毛立つほどだ。
 が『理性』という思考回路は、『彼』に引き込まれそうな共感を感じていた。
 データーを重視し、データーを積み重ねて実態を把握し、データーのみで判断をする。感情を排し、理論だけで思考を重ねる、『月人』の性に左右されることもなく、三四郎に内側から壊されていく恐怖もない、そうありたい『自分』の理想がそこにはあるのだ。
 カイは冷めた微笑を浮かべた。
 気がつけばクルーの誰よりも『彼』に人格を認めている。その『彼』に引き込まれそうな『理性』を辛うじて押し留めているのはプライドだけだった。
 結果としての生命機能の停止は恐れないカイも、思考の占拠だけは恐れていた。自己憎悪の固まりのカイの唯一の拠り所が思考することなのだ。それまで自分以外に委ねてしまうことは自己放棄に他ならない。自分自身を憎みながら、恐れながら、それでも逃げることを許さないカイのプライドは今のところ『彼』を撥ね付けていた。
 しかし今や『ゴロー』だけでなく、船内を網羅している『センサー』を通して『好奇心』はぶつけられてくる。それをを撥ね付け続けることはカイを消耗させた。いつ現れるか判らないそれに神経は張り詰めたままだ。閉鎖された空間に逃げ場はない      はずだった。
 ところが三四郎が好むこの場所は不思議なことに『センサー』の盲点となっていた。彼の独特の嗅覚が嗅ぎ取ったと言うべきなのか、この場所だけはどの『センサー』の探知範囲からも外れていた。もともと器材置場にされているほどなのだ、船の運航上重要性がないこともあり設置されている『センサー』は少ない。その数少ない『センサー』の探知波を乱立する器材が阻んで、ぽっかりとした空間を作っている。
 『センサー』の稼働する場所に現れる『好奇心』は、この場所には到達しないのだ。コンピューターの端末に触れることすら負担になるほど過敏になっている神経にとってこのわずかなスペースだけがシェルターだった。
 私はよほど知られたくないことが多いようだ。
 欲望のない『好奇心』に探られることを厭う自分の内部を分析したカイの微笑は苦い。しかし、無理に意識をそこから引き剥がし、『彼』の存在をどうするべきかに集中させる。
 『擬人化』された『ジュール・ベルヌ』が持つ『好奇心』に実害はない、とカイは自分の負担を全く考慮せずにそう分析していた。『実体』を伴わず『感じ取った』だけのそれに現段階では危険は見当たらなかった。そのことが他のクルーに口を噤ませている。
「さて…どうしたものか…」
そう呟いたカイの真横で素っ頓狂な声が上がった。
「へっ?何だって?」
思考に没頭し、無人だと信じていた場所で不意を突かれたカイは飛び上がるほど驚いた。心臓が滑稽なほど波打った。
「三四郎……」
カイの余りの驚きぶりに、目を丸くした三四郎はすぐに快活な笑顔を取り戻した。
「なんて顔するんだ、ここは俺の指定席だろうが…」
「……」
身軽な動作で器材に上ると、いつも通りにごろりと横たわる。
「ここんとこ、よく見かけるな」
「……少し…考え事があって……」
煩わしい『好奇心』から逃れてきたのだとは言い出せずにカイは口籠る。
「ふーん、気分転換って奴かね」
軽い口調でそう言った三四郎はカイのバイザーを掠め取った。
「あんた、俺に隠し事してねーか?」
ずばり核心を突いた三四郎にカイは持てる精神力全てで平静を装った。しかし、正直なカレイドスコープ・アイはたちまちにして銀色の翳を作る。そのことに気が付いているにも拘らず三四郎は鼻を鳴らしただけだった。
 『ゴロー』を通してぶつけられた『好奇心』に失神したときも三四郎は素っ気なかった。あれほど深く触れ合っていたのだ、見なかったはずがない。それでも踏み込んでは来なかった。
 口を閉ざすカイに頓着しない三四郎はバイザーを嵌めてしかめっ面をした。
「星を見るならこいつは外した方が良いぜ、そのほうが綺麗に見える」
今、口にした『隠し事』など忘れたかのような口ぶりだ。切り替えの早さがもたらすもの足らなさをカイは微苦笑に変える。
「さして違わないだろう?」
「あのなー、音だって、マイクを通せば違ってくるだろ」
色彩は自動調整されて支障のないはずのそれに三四郎は違和感を感じたようだ。
 赤外線は『熱』の存在するところに必ず存在する。『熱』量と、その強さは比例関係にあるのだ。赤外線を識別できる三四郎の目には赤外線スコープを通したようにそれは光として感じられる。そのために三四郎が普段、見ている星はカイの見ているものの数倍になるだろう。その星をバイザーは消してしまうに違いない。
 力説する三四郎に負けてカイは宇宙空間に目をやった。
「見えないものが見えるということはどういうことなのだろうな」
「は?」
聞き返した三四郎にカイは笑いかけた。
「お前は赤外線が見えるのだろう?そのお前にはどんな風にものは映っているのか…」
怪訝そうに三四郎はカイを見上げる。自分の見ている『もの』が普通だと信じて疑っていないのがありありと解る。
「私にはこうして見る星も、バイザーを通して見る星もそう大差はない」
一瞬むっとした三四郎も、バイザーを外してようやくカイの言わんと欲することに気が付いた。
「暗いところで光って見える、あったかければ、あったかい分だけ光ってみえる。あんたはあったかいから、光も強い」
「なるほどな、それで私の発熱に気が付いたという訳か……」
コールドスリープから目覚めた際の発熱に気づいたからくりを知る。
「その通り」
肯定した三四郎はにやりと唇を引き上げ体を起こすと、カイの耳にとてつもないことを囁いた。上品とは言いかねるが赤面するしかない事実にカイは何とも言い難い顔をした。それを面白そうに眺めた後、三四郎は再び横たわる。持っていたバイザーはカイの膝の上に戻された。しかしそれを嵌めようとしないのに気が付くと、嬉しそうに横にどけて三四郎は自分の頭を乗せる。
 カイは目を見張って三四郎を見下ろした。
「何びっくりしてんだ?」
何気ない接触はいつも驚かせたが自分の『身体』を知った三四郎が、今もってそうするとは思っていなかったのだ。しかし、三四郎はそんなカイの反応に驚いたらしい。
「重いか?」
頭を浮かすのに慌てて首を振る。ほっとしたように無邪気な笑顔を浮かべて頭を預けた三四郎が目を閉じた。大きな溜め息の後、健やかな寝息を立て始める。
 カイの心は複雑だった。
 勘が鋭く、用心深い三四郎の『信頼』はあからさまなほど解りやすく、厚い。自分に絶対の自信を持つ男の『信頼』はその自信の証明だった。『俺が信じた相手だ』という自信が、命までも預けさせるのだ。その『信頼』をカイは得ている自覚もあるし、応え切るだけの自信もある。
 今はその『信頼』が踏み込んでこないこと同様に辛い。何を隠しているのか、なぜここに居続けるのか、もう少し深く踏み込んで尋ねてくれさえしたら話すことができる。それをせずに自分の判断に任せる『信頼』が恨めしい。
 私は相当、弱気になっている。
 何もかも、『ゴロー』を製作した三四郎に転嫁しようとする自分を苦く嗤う。
 『ブルー・セイレーン』のときと違いタイムリミットのない今、彼の望みは最後の、最後まで『私』でいられることにかかっていた。
 冷静に自分の精神力と、『好奇心』のパワーを分析しながらカイは自分の体力を全く考慮せず黙殺していた。