・新しい路(Ⅱ)・・・(20) | 尚子の旅

尚子の旅

若かりし頃、我が人生に深く絡んでくれた一人の女性との、実話と創話の物語である。
他人は、それを
『小説・・・』
とでも呼ぶのだろうが、元より、自分にそんな力量の無いことは、自分が一番弁えている訳で・・・(汗)

 母の悪戯っぽい笑顔と云い方に、そんなほのぼのとした気持ちで、父を視る余裕を覚えた尚子だったが、一方で、父が、いみじくも発した、

「その男は・・・、聴けば・・・、市長の子飼の男だったと云うじゃ無いか・・・⁈」

と云う、幾分侮蔑を込めたような云い方の言葉が、心の隅に小さな棘をさして居るのも、感じて居た。

 

 尚子の住むK市では、昔から、市長選挙で、かなり激しい政争が繰り返して来て居て、市長選挙の度に、それが多かれ少なかれ表面化して、大人たちが、醜い論争を繰り広げるのが常だったのだが、尚子の父は、そう云う意味では、今の市長には、あまり好感を抱いて居ないのは、尚子にも判って居たのだ。

 

 そんな父だから、兄が、尚子に、今の教育委員会でのアルバイトの仕事を持って来た時も、あまり快い顔はしなかったが、兄が、

「教育委員会だし・・・、たかだかアルバイトだから・・・!」

と云うのを肯って、

「役所の中の派閥争いにだけは・・・、深入りはするな・・・!」

と釘を差したほどだったが、そんな父だから、今回の、温泉保養施設建設での市議会の成り行きにも、かなり興味を持って居て、色々情報も集めて居るのは、尚子も感じても居たのだ。

 

 ただ、林田家の寛さんと紀子さんは、最初から、そんな古る臭い政争になど興味は無い様子で、あそこでは、そんな話は一切出ないし、宝田自身も、そんな古い慣習で、自分が役所にコネで入ったと想われたくない気持ちも有って、

「早く、辞めたい・・・!」

と想い、行動して来たことも判って居たので、そんなことを、父が気にして居ること自体に、些かの戸惑いを感じたのが、正直な気持ちでも有った。

 

「それに・・・、あの男(ひと)は、この問題とは、もう、直接は、何の関係も無いのだから・・・!」

と想うことにしたが、確かに、今、市議会が真っ二つに割れて、議案がなかなか通らず、工事が、未だ着工出来ない状態が続いて居ることも聴いて居たし、この問題が、市民の大きな関心に変って来て居るのは、事実だった。

 新聞にも、その混乱状態が、度々載り、松元係長なども、陰で、色々な情報を聴いては、課長などと話題にされて居るのも、耳にしないでは無かったが、元より、

「私などが、口を挟むような話じゃ無い・・・!」

と想って、聴き流して居ただけだった。

 以前、この問題が表面化し出した時に、それを心配された紀子さんが、宝田に、関りを確かめられた時、宝田が、

「この工事は、結局、着工出来ないまま終わりますよ・・・!」

と予言するように云ったのを、尚子は、改めて想い出して居た。

「あの男(ひと)は・・・、この問題が、こうして拗(こじ)れることを、見通して居たのか・・・?」

と想うと、宝田と云う男の読みの深さにも、改めて感心させられるような気もした。

 

 父の忠告を守ると云う訳でも無かったが、それからの尚子は、宝田の事務所へ顔を出すのを、若干、控えるようにはなって居た。

 と云うよりも、宝田の仕事が忙しいらしく、なかなかタイミングが合わなくて、宝田が、事務所を留守にして居ることが、多くなって居たのだ。

 

 紀子さんに、

「一週間くらい、中国地方へ勉強に往って来る・・・!」

と告げて出掛けて居た宝田は、

「山陰から瀬戸内海の辺りを廻って来ました・・・!」

と云って、林田家や尚子へも土産を携えて帰って来て、

「瀬戸内海は、好いですねえ・・・!」

と云って居たと、

「土産が届いて居るから・・・、取りにおいで・・・!」

と連絡を貰った尚子が、早速伺うと、紀子さんが、

「ったく・・・、能天気なヤツなんだから・・・!」

と嬉しそうな顔で、笑いながら仰った。

 その土産話を、まるで自分のことのように、嬉しそうで自慢気に仰る紀子さんの話では、宝田は、山陰から兵庫県を降って、瀬戸内海沿いを辿って来たらしかったが、

「小豆島に渡って・・・、オリーブ油を土産に買って来たわよ・・・!」

と笑われ、

「あそこは、香川県だから・・・、四国なのにね・・・!」

と皮肉っぽく云われたリ、

「岡山県の牛窓は、佳かったらしいわよ・・・!」

と云われ、

「あそこは・・・、別荘地やペンションが多いらしくて・・・、とても勉強になったらしいわよ・・・!」

と嬉しそうに仰った。

 

 尚子が、

「牛窓・・・、ですか・・・⁈」

と確かめるように訊くと、紀子さんは、宝田の土産話を受け売りするように、

「瀬戸内海に面して居て・・・、とても佳い場所らしいわよ・・・!」

と云われ、

「今、別荘地がたくさん売り出されて居るらしいし・・・、若い人たち向けのペンションも、何件も在ったって、勇志が云ってたから・・・、今度、私たちも行ってみましょうか・・・⁈」

と、尚子を誘うような云い方をされたのだが、そう云われた瞬間、尚子は、林田家の4人に、自分が混じって観光して居る光景を頭に描いて、

「往ってみたいなあ・・・!」

と想ったが、その光景の中には、当然、宝田の姿も、朧気ながら混じって居るのを、不思議にも気恥しさにも感じて居ない自分が、おかしくも有った。

 

 宝田から尚子へのお土産は、その牛窓で買って来たと云う、オリーブオイルで創られた入浴剤のセットだった。

 その包装された箱を渡しながら、紀子さんが、

「中身は、入浴剤らしいわよ・・・!」

と悪戯っぽく笑われ、

「あいつ・・・、視掛けは野暮ったいけど・・・、こう云うところのセンスは、悪く無いのよね・・・!」

と笑われたが、それは、尚子も、密かに認めて居た。

 以前、阿蘇から買って来てくれたキーホルダーの時も、紀子さんは、それを眺めながら、皮肉っぽく

「悪く無いわね・・・!」

と云われたのだったことを、想い出して居た。

 あのキーホルダーは、宝田とのお揃いなのだが、まだ、今のところ、それは、まだ紀子さんにバレては居ないらしく、そのことで、皮肉を云われたリからかわれたりはして居ないのを、尚子は、密かな嬉しさで隠しても居るのだった。

 

「一週間も遊んで居たから・・・、稼がなきゃいけない・・・!」

と云って帰って云ったけど・・・」

と云われながら、

「福岡の、例の別荘も・・・、もうそろそろ工事が始まるらしいから・・・、忙しくなるって云ってた・・・!」

と云われたので、尚子は、街に降りた時に、もう癖になったように覗き視る宝田の事務所の在る筋に、愛車のベレットが停まって居なくても、それを、

「忙しいんだな・・・!」

と想うことにして、

「独立が、上手く行って・・・、善かったな・・・!」

と想うことで、自分の気持ちも納得させて居た。

 

(つづく)