・新しい路・・・(23) | 尚子の旅

尚子の旅

若かりし頃、我が人生に深く絡んでくれた一人の女性との、実話と創話の物語である。
他人は、それを
『小説・・・』
とでも呼ぶのだろうが、元より、自分にそんな力量の無いことは、自分が一番弁えている訳で・・・(汗)

 その夜、宝田が林田家に顔を見せたのは、午後の9時近くになってからだった。

 その手に、新入学した圭太くんへのお祝いだと思しき小包と、片手には、定番のMADONNAのワインが入ったと想われる紙製の袋を提げて、照れ臭そうな顔を表せながら、

「遅くなって、申し訳ありません・・・!」

と云ってリビングへ入って来て、早速、主役の圭太くんを探す素振りを見せたが、既に、食事を終えた圭太くんや子供たちは、子供部屋に居場所を移して居たので、ワインボトルの入った手提げ袋を、キッチンの入り口近くに座って居た尚子に近寄って来て、ただ、

「これ・・・!」

と云って渡すと、そのまま、踵を返して、子供部屋の方へ一人で歩いて行った。

 紙袋を受け取った尚子は、中身を覗くようにして、それを確かめると、黙って立ってキッチンへと入り、その2本を袋から抜き出し、冷蔵庫の、紀子さんが、いつもボトルをストックして居られる場所に、その2本を差し込んだのだが、そこには、他に、まだ2本の買い置きが入って居た。

 

 間も無く、子供部屋から返って来た宝田に、紀子さんが、いつにも無い穏やかな口調で、

「ありがとうね・・・!」

と仰ると、宝田は、幾分、謙遜したような口調で、

「鉛筆、一本ですから・・・!」

と照れ臭そうな顔をして云い、

「圭くんが、一年生になるなんて・・・、早いですよね・・・!」

と云いながら、寛さんの隣に行って座り、改めて、

「PTA・・・、おめでとうございます・・・!」

と、今度は、少し皮肉を込めたようなふざけた口調の云い方をした。

 寛さんが、少し憮然としたような顔で、

「おう・・・、ありがとうな・・・!」

と仰り、テーブルの上に置いて在ったビール瓶を手に取られ、宝田に、空いて居るコップを取るように眼で促されると、宝田は、逆に、寛さんの手からビール瓶を奪うように手を伸ばし、

「今夜は・・・、寛さんが主賓だから・・・!」

と云って、

「俺が・・・、先に注がせて貰いますよ・・・!」

と云いながら、寛さんのコップにその瓶の注ぎ口を差し出し、もう一度、

「おめでとうございます・・・!」

と云いながら、寛さんが手に持たれたコップに、ビールを注いで居た。

 

 そんな宝田を、それとは無しに眺め視ながら、尚子は、

「何だか・・・、少し雰囲気が変わったような・・・⁈」

と云う感懐を抱いて居た。

「何処が・・・!」

と上手くは説明出来なかったが、

「何だか・・・、少し逞しくなったような・・・⁈」

と云う感じを、禁じ得なかったのだ。

 以前、役所をサバサバと辞めて行った後に会った時も、

「少し変わったな・・・⁈」

と感じたとは想った記憶が有ったが、あの時比べれば、今の自分の気持ちも、随分違って感じて居る尚子には、それは、もっと上手く表現すれば、

「男らしくなったかな・・・⁈」

と云う感じに想えた。

 

 男性群が陣取ったテーブルで、一頻(しき)り談笑を交わしながら、ビールを注ぎ交わしたりした後、徐(おもむろ)に席を立った宝田は、既に、少し朱らめた顔になって、紀子さんの横に来て、両膝を床に着いた姿勢で、テーブルの上のワインボトルを掴むと、それを、紀子さんに向け、

「おめでとうございます・・・!」

と云った。

 それを、然も当然のような仕種で受けられた紀子さんが、幾分嫌味を込めたような口調で、

「ふん・・・、何よ・・・、来なくなればさっぱり来なくなって・・・!

本当に、勝手なヤツなんだから・・・!」

と毒吐くように云われたが、その眼は、悪戯っぽく笑った笑顔に視えた。

 宝田は、紀子さんの、そんな毒吐きにも一向動じる気配も見せず、

「いやあ・・・、ノン子さんも、色々と忙しいだろうと想って・・・、俺は、遠慮して居たんですよ・・・!」

と云い返し、

「何せ・・・、ほら・・・、初めての新入学だから・・・、色々と準備が大変だろうし・・・。

それに・・・、保育園の卒園式も有ると想ったから・・・!」

と云い訳するように云い、不意にその顔を尚子に向けると、同意を求めるような眼線と口調で、

「ねえ・・・!」

と振って来た。

 

 一瞬、戸惑った尚子だったが、その眼線の意味が、

「保育園の卒園式・・・」

と云う言葉に有り、保母だった尚子なら、それが判ると想ったのだろうと察した尚子が、促されるように、

「卒園前は・・・、お母さんたちは、色々と慌ただしいから・・・」

と言葉尻を濁しながら応えると、紀子さんは、どこか不敵な笑い顔を催すようにして、また、

「ふん・・・!」

と聴こえるような反応をされたが、そのご機嫌は、到って快さそうに視えた。

 そして、そのご機嫌快さそうな顔と口調で、眼の前の宝田を横目で睨むようにしながら、

「何・・・、忙しいんだって・・・?」

と悪戯っぽく云われると、宝田は、幾分照れた顔で、右の掌を後頭部に当てながら、

「お蔭さまで・・・!」

と云った後、少し困惑したような顔で、

「何処をどう廻って来たのか識らないんですけど・・・、福岡の工務店から、別荘の図面を『一件、描いてくれ・・・!』って云う話が来て・・・、それで、明日・・・、福岡に行くことになって居るんですよ・・・!」

と云った。

 

 それを聴かれた紀子さんが、驚いたような声で、

「何ー・・・、福岡ー・・・!」

と、眼を丸くするようにして、確かめるように云われると、宝田は、やはり戸惑ったような口調で、

「そうなんですよ・・・、鹿児島の・・・、前の会社の社長の紹介なんですけど・・・、俺が、遊んで居るなら、『一件引き受けろ・・・!』って云われて・・・、断れなくて・・・!」

と云ったが、それを聴かれた紀子さんは、然も嬉しそうな口調で、

「それって・・・、凄いじゃ無い・・・!」

と云われ、

「あんた・・・、それで本業が成り立つんじゃ無いの・・・⁈」

と云われたが、尚子も、

「確かに、凄いことだな・・・!」

と感じ、どこか自分のことのように、何だか嬉しくなるような気がして居た。

 

「だから・・・、明日の朝は、一足早く帰りますから・・・!」

と云って、自分の塒(ねぐら)にして居る屋根裏部屋に昇って休んだ宝田は、翌朝、6時前ぐらいに起きて、準備をしている気配が、遥香ちゃんの部屋で寝て居た尚子にも、何とは無しに伝わって来た。

 どこかで、宝田を気にして居る尚子の意識の片隅に、

「明日の朝は、一足早く帰りますから・・・!」

と云った言葉が残って居て、屋根裏部屋の気配に反応して、自分でも無意識に眼を覚ましたようだったが、それは、紀子さんにも同じだったらしく、廊下を隔てたご夫婦の寝室のドアが開いた音がしたので、尚子も、

「起きて、宝田を見送った方が善い・・・!」

と考えて、早速布団から出て、髪を手櫛で整えるようにして廊下を出て、玄関の手前に在る洗面台の鏡に素早く顔を映して、腫れぼったい顔をしてないか確かめたが、お陰様で、昨夜のワインは、もう残って居ないように視えたので、そのまま、リビングへと脚を向けた。

 リビングに入ると、先に入って居られた紀子さんが、尚子に眼を流され、如何にも悪戯っぽい眼で視て笑われ、

「あら・・・、お見送り・・・⁈」

と皮肉っぽい云い方で、からかうように云われた。

 

(つづく)