アメデオ・トンマージ
Amedeo Tommasi

(Trieste, 1º dicembre 1935 – Roma, 13 aprile 2021)

去年に続いて今年も芸術家の訃報が多いですね。
2月に亡くなった映画界の名カメラマン、ジュゼッペ・ロトゥンノの訃報にも寂しい思いをしましたが、
個人的に寂しさをかきたてられたのがフランスのバレエ・ダンサー、パトリック・デュポンの急逝。
男優の沢木和也の訃報にも、感慨深いものがありました。

そして4月にはイタリアン・ジャズと映画音楽の分野で業績を残した作曲家兼ピアニストの、
アメデオ・トンマージ先生が逝去なさいました。享年85。



アメデオ・トンマージは1935年トリエステ生まれ。
6歳からピアノの教育を受け、17歳の頃に出会ったジャズに熱中します。

ミュージシャンとしてのキャリアの初期は、ボローニャのジャズ・バンドでトロンボーンを担当。
後にピアニストに転向。サンレモ音楽祭にも出場します。
ジャズ・ピアニストとしては、チェット・ベイカーバディ・コレットコンテ・カンドーリといったジャズの名プレイヤーとのライヴやレコーディングを重ねたことで有名。
中でも1961年にチェット・ベイカーが発表した名盤Chet is Back!でピアノを弾いたことが有名で、このレコードの成功によってトンマージは国際的な知名度を獲得しました。
さらにはギリシャの大作曲家、ミキス・テオドラキスともコラボを行っています。
同時期のジョルジョ・ガスリーニや、後輩のエンリコ・ピエラヌンツィなどと共にイタリアン・ジャズの黄金時代を築きました。

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映画音楽の作曲家としては、ボローニャ出身の映画監督
プーピ・アヴァーティの初期作品にジャジーな音楽を提供したことで知られています。
また、エンニオ・モリコーネ作曲『海の上のピアニスト』(1998)にピアニストとして参加。
同映画ではピアノ演奏のみならず、劇中で演奏されるMagic Waltzと言う曲をトンマージが作曲しました。
その他の作品でも、20年以上にわたってモリコーネの映画音楽でピアノやシンセサイザーを演奏したそうです。

映画音楽作曲家としてはマカロニ・ウェスタン『憎しみの長き日々』I lunghi giorni dell'odio(1967)の音楽を担当してデビュー。

映画音楽の本数は少ない方ですが、プーピ・アヴァーティ作品での、ジャジーな映画音楽が印象深いです。
アヴァーティ監督のデビュー作『悪魔の男 バルサムス』Balsamus, l'uomo di Satana(1969)での幻想的でリリカルな音楽を始め、
アヴァーティ監督第二作『トーマス... 悪魔憑き』Thomas... gli indemoniati(1969)ではロマンティックなボサノヴァ曲を提供。
個人的には『トーマス』の、歌姫エッダ・デロルソのスキャットを取り入れた甘美なボサノヴァ曲が、トンマージの最高傑作だと思います。

さらに70年代のプーピ・アヴァーティ作品に素晴らしいスコアを立て続けに提供しました。
中でも印象的なスコアとしては、
『淑女向け娼館』Bordella(1975)
『死人を除くすべての故人』Tutti defunti... tranne i morte(1977)
アヴァーティ監督のTVドラマ『ジャズ・バンド』Jazz Band(1978)
これらの3作品における、ゴージャスなビッグ・バンド・ジャズのスコアは圧巻の素晴らしさ。



アヴァーティ監督のスリラーの分野での代表作『笑む窓のある家』La casa dalle finestre che ridono(1976)の音楽も担当。
この映画でのスコアはやや抑えた楽曲ながら、劇中に流れる「愛のテーマ」のリリカルなメロディは印象的。
不気味なミステリー劇を、上品な音楽で支えていました。

80年代になるとアヴァーティ監督は音楽担当をリズ・オルトラーニに変更したため、アメデオ・トンマージは映画音楽からは離れてしまいます。
それ以降のトンマージはジャズ・ピアニストとして国際的に活躍。
モリコーネの映画音楽にピアニストとして参加することもありました。

今回の記事では、日本ではあまり顧みられることがないアメデオ・トンマージの映画音楽を中心に特集。
イタリアン・ジャズの鬼才が遺した名曲の数々を、動画サイトからご紹介します。


<追悼 アメデオ・トンマージ ~名曲セレクション~>


映画『トーマス... 悪魔憑き』よりメイン・テーマ
作曲:アメデオ・トンマージ

『トーマス... 悪魔憑き』(1969)はプーピ・アヴァーティ監督の第2作。
アヴァーティは今やイタリア映画界
の巨匠ですが、初期は幻想的な怪奇
映画で知られていました。監督第2作
『トーマス』も怪奇映画と言えます。

アヴァーティが撮りたかったのは、
ホラーというよりピランデッロ的な
不条理劇だったのでしょう。物語は
ある劇団が「トーマス」という存在
しない筈の少年を実在するかのよう
に振る舞う女性が主人公のコメディ
を企画し、舞台稽古しているところ
から始まります。彼らの前に劇から
抜け出したかのような「トーマス」
と名乗る謎めいた少年が現れ……。
ピランデッロの『作者を探す六人の
登場人物』
『御意に任す』などの
不条理劇を、モダンホラー的に解釈
した実験的な映画と言えるでしょう。

そしてアメデオ・トンマージによる
美しい音楽が、幻想的なムードを
盛り上げることに貢献しています。
オープニングでの讃美歌を思わせる
壮麗な曲も印象的ですが、それ以上
に素晴らしいのが劇中に度々流れる
官能的なボサノヴァ曲。トンマージ
の専門であるジャズを基調としつつ、
軽快なボッサのリズムに乗せて華麗
で魅惑的な旋律が聴く者を酔わせます。

この美しいメロディは劇中でサックス
やシンセなど、色々な楽器で演奏され
ますが、中でもエンニオ・モリコーネ
の映画音楽でお馴染みの歌姫エッダ・
デロルソ
のスキャットを取り入れた
ヴァージョンが圧倒的な美しさです。
聴く者を陶酔の世界へと誘う甘美な
メロディを、エッダの歌声が艶やか
に悩ましく歌い上げる極上の美メロ。
とろけるように甘い旋律、ムーディ
なジャズのサウンド、爽快感のある
ボサノヴァのリズム、歌姫エッダの
蠱惑的なスキャットからなる、華麗
で官能的な音楽の美の饗宴。




『ブラジリア(Brasilia)』
作曲:アメデオ・トンマージ

『ブラジリア』は1970年発表。
映画音楽ではなくThe Soundという
アメデオ・トンマージ書き下ろしによる
ジャズ・アルバムに収録された曲です。
普通のジャズとはひと味違う、サンバや
ボサノヴァといったラテン的な味わいで
味つけされた、ムード音楽風の美しい曲
が並んだ名盤アルバムとして有名です。

特にA面第1曲目『ブラジリア』は圧巻。
清涼感溢れる美しいメロディが軽快な
サンバのリズムに乗せて心を躍らせる
イタリアン・ジャズの隠れた名曲です。
といってもジャズというより、ムード
音楽に近いメロディアスな楽曲ですが。

涼しさを誘うメロディと演奏は爽快感
たっぷりで、夏の晩に聴くのが最適。
曲調としては映画『流されて…』(1973)
ピエロ・ピッチョーニが作曲した音楽
を思わせる、クールなラテン・ジャズ+
甘いメロディのイタリア音楽なのです。
夏にぴったりの爽やかな名曲なので、
これからの時期に聴いてほしいです。




映画『淑女向け娼館(Bordella)』よりメイン・テーマ
作曲:アメデオ・トンマージ

映画『淑女向け娼館』(1975)は、プーピ・
アヴァーティ監督によるコメディ映画。
エロティックなテーマを扱いながらも、
性的な表現は希薄なイタリア艶笑喜劇
です。しかしながら、なぜか公開当時
「猥褻」扱いされてしまい、検察から
訴えられたという不運な映画です。

女性向けの娼館をCIAが運営する…、
という設定で、アメリカの第三世界へ
の軍事介入を皮肉った映画という事が
体制側から睨まれたみたいですね。
ゆえに、エロティックなシーンという
のは皆無のイタリアン・コメディです。

ミュージカルっぽい演出のシーンも
あって、カラフルな歌と踊りで魅了
してくれる楽しい映画です。なんと
いってもアメデオ・トンマージ作曲
によるニューオーリンズ・ジャズ風
の音楽がゴージャスで楽しいです。
オープニングとエンディングで流れる、
ビッグ・バンド・ジャズによる陽気で
痛快なメイン・テーマの素晴らしさ!

後にトンマージは、アヴァーティ監督
によるブラック・コメディ映画の傑作
『死人を除くすべての故人』(1977)
でも『淑女向け娼館』に通じる陽気な
ジャズ・スコアを提供しています。
そちらの音楽も素晴らしいのですが、
残念ながらサウンドトラックの音源が
動画サイトにないので紹介はできず。




映画『淑女向け娼館』より劇中歌
作曲:アメデオ・トンマージ

『淑女向け娼館』には、ジゴロたちが
歌って踊るミュージカル風のシーン
がいくつかあります。それらの歌も
スタンダード・ナンバーを使わずに
アメデオ・トンマージの作曲による
オリジナルの楽曲を採用しています。

それらのトンマージ書き下ろしの楽曲
というのが、昔懐かしいアメリカMGM
のミュージカル映画を思わせる味わい。
ビッグ・バンド・ジャズの演奏に乗せ
て歌って踊る、リッチで陽気な音楽の
数々に心が弾みます。こんなに楽しい
音楽映画が猥褻として起訴されていた
なんて…。それこそまさにブラック・
ユーモアのようですね。




映画『バルサムス 悪魔の男(Balsamus, l'uomo di Satana)』のテーマ
作曲:アメデオ・トンマージ

『バルサムス 悪魔の男』(1968)は、
プーピ・アヴァーティ監督のデビュー作。
ブラック・ユーモアを漂わせた幻想的
なスリラー映画です。当時のイタリア
製恐怖映画の流行からは外れる素朴な
作風ではありますが、黒いユーモアを
漂わせながらピランデッロ的不条理劇
のテイストと、怪奇幻想のムードとが
味わいある一本ではないでしょうか。

そして何よりアメデオ・トンマージ
作曲による美しい音楽が、幻想的な
ムードとある種の格調を与えました。
モリコーネの映画音楽でお馴染みの
歌姫エッダ・デロルソのスキャット
を取り入れた、甘美な愛のテーマが
最高に美しい。黒い笑いに満ちた
皮肉なラストに流れる、アメデオ・
トンマージの美しい音楽が、この
映画を忘れがたいものにしました。

リズ・オルトラーニの『モア』にも
通じる流麗なメロディ、そして歌姫
エッダ・デロルソの美声が祈るよう
に歌うスキャット…。心が洗われる
ような美しいエンディング・テーマ
は、アメデオ・トンマージの楽曲の
中でも特に美しい音楽でしょう。




TVドラマ『ジャズ・バンド(Jazz Band)』のテーマ
作曲:アメデオ・トンマージ

『ジャズ・バンド』(1978)はイタリア国営
放送で78年に放映されたTVドラマです。
スリラー映画の名作『笑む窓のある家』
(1976)で注目を集め出した時期のプーピ
・アヴァーティ監督が演出と脚本を担当
したTVドラマで、本作の好評によって
アヴァーティ監督の知名度が高くなる
きっかけにもなりました。

アヴァーティ監督は映画界に進出する
以前は、ジャズのクラリネット奏者と
して活動していました。しかしルチオ
・ダッラの登場によって自身の音楽性
に限界を感じたアヴァーティはジャズ
の道を泣く泣く諦めたそうです。

若い頃の苦い経験を経て映画製作の道
に転身してからも、ジャズへの情熱を
捨てきれなかったアヴァーティ監督。
彼は後に『ジャズ・ミー・ブルース』
(1990)でジャズ・コルネット奏者の
ビックス・バイダーベックの生涯を
映画化しているほどです。そうした
アヴァーティのジャズへの情熱が、
物語として初めて具現化した野心作
がTVドラマ『ジャズ・バンド』です。

ジャズに熱中しジャズに生きようと
する4人の幼馴染の男達の人生模様
を繊細なタッチで描いた名作ドラマ
として、イタリアでは高く評価され
た作品です。アメデオ・トンマージ
による音楽も、ニューオーリンズ・
ジャズ風の楽曲で華を添えています。
ノスタルジックで華やかなムードが
漂うジャズ・スコアは、トンマージ
が作曲したサントラ作品の中で最も
知名度が高いでしょう。

とりわけテーマ曲は、ゴールデン・
エイジを連想させる、懐かしさと
輝かしさに満ち溢れた印象的な名曲
となっています。トンマージが作曲
した甘く華麗なジャズ・ナンバーを
ヘンゲル・グァルディによるジャズ
・サックスが陽気に歌い上げ、甘い
ノスタルジーを誘います。




『人生(Life)』
映画『憎しみの長き日々(I lunghi giorni dell'odio)』主題歌
歌:不明
作曲:アメデオ・トンマージ

『憎しみの長き日々』(1967)は、ガイ・
マディソン主演のマカロニ・ウェスタン。
アメデオ・トンマージが初めて手掛けた
映画音楽であり、彼にとっては生涯唯一
のマカロニ・サントラでもあります。

初めての映画音楽というためなのか、
割と控えめな楽曲といった印象では
あります。当時マカロニ音楽の重鎮
だったモリコーネやフランチェスコ
・デ・マージの音楽を意識している
様子です。しかしトンマージによる
マカロニ音楽は少し上品すぎるかも。
モリコーネやデ・マージ的マカロニ
らしいぎらついたサウンドよりも、
重鎮フランチェスコ・ラヴァニーノ
の音楽を思わせるストイックな勇壮
さが勝っている感じです。

謎の男性歌手が歌う主題歌Life
は、美しいメロディが印象的な佳曲。
とはいえ、綺麗な曲だけどマカロニ
にしては上品にまとまりすぎたかな
といった印象を抱いてしまいます。
良い曲なんですけどね。ちなみに
Life』を歌っている男性歌手の
正体は今のところ、分かっていない
のが不可解ではあります。




映画『憎しみの長き日々』より~愛のテーマ
作曲:アメデオ・トンマージ

『憎しみの長き日々』の映画音楽は、
全体的にはよく作られている方だと
思います。ジャズ出身のアメデオ・
トンマージが初めて手掛けたにして
はきっちりとした西部劇のスコアに
なっています。とはいえマカロニと
いうよりもハリウッドの西部劇映画
に近い雰囲気のメロディではあるの
ですが、味わいがあって好きです。

中でも劇中で流れる「愛のテーマ」
的な美メロが印象的。主題歌よりも
むしろこちらの方が、トンマージの
個性が良く出ているかもしれません。
ゆったりとした美しいメロディを、
トンマージ自身が奏でるピアノと、
流麗なストリングスの調べによって
演奏される、ふんわりと美しい愛の
メロディ。マカロニっぽさは乏しい
ながらも、映画音楽としては優れた
楽曲になっていると思いますよ。




『モンテヴィデオ(Montevideo)』
作曲:アメデオ・トンマージ

『モンテヴィデオ』は1970年発表。
この曲も『ブラジリア』と共に名盤
アルバム『The Sound』に収録され
ていた、ボサノヴァ風ジャズの名曲。

一応はラテン・ジャズとして企画され
た楽曲ながら、1970年代イタリア映画
音楽の香りを漂わせたロマンティック
な曲です。イタリア音楽らしい甘美な
メロディが、爽快なボッサのリズムに
乗せて心に優しくしみこんでゆきます。
爽やかさと甘さとが溶けあった美しい
メロディは、ジャズと言うよりも当時
流行最先端だったムード音楽の味わい
といえるでしょう。




『遥かなる大空(Distesa)』
作曲:アメデオ・トンマージ

『遥かなる大空』は1970年発表。
上記の『ブラジリア』と共にアルバム
The Soundに収められたラテン・
ジャズの名曲。アメデオ・トンマージ
のメロディ・メイカーぶりが味わえる
美しい楽曲となっています。

当時のイタリア映画音楽にも通じる、
ボサノヴァのリズムに乗せた甘美な
メロディが耳に心地いい。メロディ
の素晴らしさでは『ブラジリア』に
及ばないながら、穏やかなメロディ
の美しさが心にしっとりとしみる、
イタリアン・ムード音楽の拾い物で
はないでしょうか。それにしても、
この曲はジャズと言うよりもやはり
ムード音楽っぽいなあと思います。
ピエロ・ピッチョーニがルチアーノ
・サルチェのコメディ映画に書いて
いた映画音楽などを思い出します。




映画『笑む窓のある家』より~愛のテーマ
作曲:アメデオ・トンマージ

『笑む窓のある家』(1976)は云わずと
知れたイタリアン・スリラーの名作。
不気味なムードに覆われた恐怖映画
の名作であると共に、トリッキーな
どんでん返しのラストが強烈な印象
を残すミステリー映画でもあります。

映画自体は印象深い名作なのですが、
アメデオ・トンマージによる音楽は
拍子抜けするくらい地味なのが残念。
この時代には『サスペリア Part2』
(1975)など、音楽を派手に使った
イタリア恐怖映画が花盛りでした。
それを思うと『笑む窓のある家』
における控えめな音楽の使い方は
物足りなく感じてしまいますよ。

とはいえ随所に流れる美しい音楽
はそれなりに聴き応えはあります。
オープニングの不気味な不協和音
による音楽は古風な恐怖映画風で
平凡ですが、クレジットを終えて
風光明媚な町の情景をとらえた
映像に重なる「愛のテーマ」の
メロディはやはり美しいです。

低予算だったのかストリングス
を使わずシンセで演奏している
のが若干安っぽくも感じるとは
いえ、メロディの美しさは流石
にアメデオ・トンマージの才気
を感じます。恐らくトンマージ
自身の演奏であろう、ピアノの
優しい調べも、しっとりと心に
しみます。とくに、中盤以降の
リリカルなメロディは涙を誘う
美しさ。ここがシンセではなく
ストリングスによって演奏され
ていたら、個人的にもっと評価
が上がっていたのですけれど。

ちなみに『笑む窓のある家』は、
2年前にヒットしたアルジェント
監督の名作『サスペリア Part2』
(1975)から、過去の殺人事件を
描いた「絵」が惨劇を呼び起こす
というモチーフを、巧く換骨奪胎
しているのも注目のポイントです。
できれば音楽の使い方も、もっと
アルジェントのスタイルから影響
を受けてほしかった気もします。