地震、津波、原発・・・・・・それでも頑張れ日本! | あなただから良かった

地震、津波、原発・・・・・・それでも頑張れ日本!

東北関東大震災で被災された
方々へ心から御見舞申し上げます。


3月11日から 地震  津波


そして、原発


大変な災害に舞いこまれた日本 頑張れ!!!



毎日毎日テレビの前で信じられないほどの画面が


目に入ってきましたが、


「希望が見えなくでも微笑を忘れずに」

災害地からの声に感動しました。




私もそんなに大きな地震に生まれから初めて体験しました


本当に怖かった


地震が発生した日、私は会社にいました。

会社は五階だったので、すごく揺れていました。


その時に「今日で人生はもうおしまい」と思ったほど


揺れる時間はすごく長いと感じました。


やっと止まったら、会社から避難指示が出ました。


皆はかばんを持って階段に沿って、静かに順番に降りました。


会社のビルを離れて、道路の向こうの駐車場に避難しました。


その時、ラジオや携帯テレビで初めて情報が届きました。

東北の宮城を始め、岩手、仙台、福島が7級と6級以上の地震があった。

しかも、酷い津波もあった。


大変!大変!大変!




でも一番心配のは自分の家族のことでした。


携帯の電波もないし、メールも何度何度送信しでも (ノДT)

せっかく一通のメールを送信できたが、


返信が来なかった。。。。。


どうしようどうしよう はてなマーク  


心底までふらふらしていた。


旦那のことがばっかり考えていた


やっと、一通のメールが着た


無事って 


良かった!良かった!


心が少し落ち着いたが、義父母の返事がまだ来てなかった叫び



その時、また強い余震が何度もありました。


目の前のビルが信じられないほど揺れていましたが、大丈夫でした。


周り見るといろいろな高い建物がすべて無事だった !


良かったと思っている同時に

日本の建物の強さに感動しました。


その厳しい建築基準のおかげで、どれほどの命を救うことができた!

ありがとう!ありがたい!



地震がちょっと落ち着いた瞬間に

国にいる家族のことが心配になった。


テレビで見ていたか?見ていたら、どれほど心配していたか?

じゃ、事務室に戻ると決めました!

先ずは、メッセンジャーで「安全」を報告したい気持ちが強かった。


やっぱり、思ったとおりだった


母からのメッセージがありました。

「大丈夫?大丈夫?地震があった?」


私は迅速に返事した。

「地震があった。でも、大丈夫だった!これから帰るので、夜まだゆっくり話しましょう。でも、電車が走れないかも、家に着いたら、すごく遅くなるかもしれないけど、ご安心ください」

母をちょっと安心させました。


私も自分自身の冷静さに驚いた!




やはり、大地震のため、電車が全て見合わせになっていました。


再開する予定もない。


家まで帰る方法がタクシーしかないと思っていたのに


待っている人が何kmも居るようでした!


無理だ、そのままじゃ明日までも帰られない。



じゃ、歩いて帰ると決めた!!!


何時間か  5時間以上かもしれないが


とりあえず、家に向かって進んでいきながら、交通の状況を見よう!!!



人込みの中に紛れて歩き始めました。


疲れなんか感じなかったです。


旦那と会えたら、何かあっても大丈夫、

それまでは頑張るんだと気持ちが高まった。

会いたいよ 会いたいって 会いたい

こんなに旦那の事がわたしの心を支えることとは



その前に、「万が一電車が止まったら、どのように歩いて帰るか」と旦那が教えてくれていたけど、

どのぐらい時間が掛かるかも知らずに 上野にやっとたどって着いた。


けっこう疲れたので、

上野でラーメンを食べて、少し休憩しましたが、おいしいラーメン 最高だった!

(疲れていた上に、緊張していため、場所と店舗名も覚えなかったべーっだ!


もう一度タクシーを乗ろうと思っていましたが、


しかし、待っている人を見たら、  あああ・・・しか言えなかった!



そして、歩いて帰ると再度決めました。


「会いたい、会いたい人もかなり私に会いたい」



家に着いた!!!!!

家は大丈夫だったが、中の飾り物など が 叫び


ちなみに、翌日買い物が大変と思っていたので、スーパーも寄って買い物をしました。

人の姿が少ない、半額のものが沢山

レトルト商品、水もある

疲れたので、ちょっとずつ買って持って帰りました。



旦那にもちろん褒められました

感動していたチョキ