第353話「引揚港・博多」
昭和20年。
今から66年前。
第二次世界大戦終戦の年。
僕が生まれる34年前。
終戦当時、海外には約660万人の日本人が残されていたそうです。
そして、昭和21年の年末まで1年半をかけて約500万人の方々が帰国の途に着かれたといいます。
その方法は船。
引揚援護港に指定されたのは横浜・浦賀・舞鶴・呉・仙崎・下関・門司・佐世保・鹿児島、そして博多。
僕の父方・母方のおじいちゃん、おばあちゃん共に
第二次世界大戦時に満洲にいたと聴きました。
母方の祖母が
満州から帰国した時の話を記した「難民と米」という作文を
子供の頃に読んだ記憶があります。
祖父母共に亡くなり
直接に話が聴けなくなった現在ですが
先々週
「引揚港・博多」という資料展開催の案内を
新聞で見つけました。
ばぁちゃんが帰ってこんやったら
母ちゃんが生まれとらんけん
俺もおらんやったかもしれん。
でも帰ってきてくれた。
大変な想いで引き揚げてこられた方々の歴史に触れて来ようと思います。
「引揚港・博多~苦難と平和への願い~」
ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)
PRIVATE ESTHE ottimo