昔の鉱山鉄道の線路跡を利用して造られました。
私が入社した当時は、まだ現役で列車が走っていましてね、
今のマイントピア別子から海岸縁の惣開(ソウビラキ)町までの
10kmほどの間、鉱石や物資運搬に使われていました。
明治26年から昭和にかけてこの下部鉄道、人も運んでいましたそうです。
余談ですが、私の生涯で一番びっくらこいたのは坑内の大立坑、垂直で600メートル ?
のエレベーターに乗せられたことです。岩盤を縦に貫いた地下水降る立抗でした・・・・
そんなことも思い出しながら走りましたよ。
明治26年から明治44年の間は標高1000mを蒸気機関車が走る「上部鉄道」がありました。
ドイツ製の機関車を分解してとはいえ 人や牛車、初期の索道に積んで持ち上げた。
想像を絶することをあの時代の人々はやっているね。
国鉄駅が出来たのは大正10年
になってからとのことです。
自転車道の横に沿って水路(暗渠)が延々と続いています。
閉山後も坑道から湧き出す水を海寄りの施設まで導いて無害処理しているそうです。
途中にある予讃線鉄道との立体交差地点、石積みの高架橋は昔のままの様ですね。


