7日法要を重ねているうちに御和讃の唱和を覚えた。
知らず知らずに口ずさんでいることがある。
玉とむすびて蓮葉に~ おきたる露の一雫~
ながきは人の願いにて~ 短きものは命なり~
・・・・
孫のrikuも良く勤行供養してくれて、習わぬお経の部分を諳んじてきた。・・・
早めて三十五日忌明け法要を済ませ、娘と孫達はSingaporeへ立った。
3ヶ月半の間、娘がいてくれ本当に頼りになり、助かった。
またこの間孫達が何かと気を紛らわせてくれていた。
息子の方は仕事があるからそうはいかないが、これは止むを得ない。
急に身の回りが寂しくなった。
しかしまだ本当の喪失感を味わうのはこれからだろうと思う。
妻は安らかに極楽浄土へたどり着いたろうか。
あの世とは、どんなところ?
少なくともこの世よりもいいところだろうねえ。
そう遠くないうちに傍へ行けると思うから・・・。
待っていてくれると思えば、死が怖くなくなった。
だが生あるうちは精一杯生きねばならない。
それが亡き妻との約束
何時までも沈んでいては、回りに心配をかけるばかりである。
又ぼちぼちと復帰していきたいと思います。
これまで一年間1人暮らしをしてきて、生活自体は困らない。
今まで以上に身軽に、自由気ままに過ごせる・・・
と、言うのは強がりの弁に他ならないが。
娘が居てる間、食事洗濯を気にしないで忘れていた。
早速そのことから始まる。
妻は「お別れ仕度」と題した一冊のノートにびっしりと書き残していた。
その中に書かれていたように、小じんまりした仏壇を居間に置いた。
