あれから70年も経ったことになるのか、、慰霊祭のニュースをやっていましたね

昭和30年5月11日、紫雲丸の沈没で168人が犠牲になった事故はよく覚えている。

濃霧の中出航し、大型貨物船第三宇高丸と衝突したのでした

小学6年生だった、私らの修学旅行は琴平の金毘羅さんでした。

隣町の小学校は体験乗船で、あの紫雲丸に乗り合わせていて、

児童のうち半数近い30人が亡くなったのでした、、、

翌年の中学から、一部の子たちは学区の関係で私たちの中学に通学することになる。

同級生として3年間過ごしたが、女子生徒はずっと憂いをたたえたままだった、、気がする。

 

他にも高知県や広島県、島根県からの修学旅行生が多く犠牲になった

高松ー岡山を結ぶ国鉄宇高連絡船はそれまでにも何度も事故を起こしていたが、

その後も長らく四国と本州を結ぶ動脈として運行され、何度も利用してきた。

あの事故をきっかけに本格的に連絡橋の建設が具体化してきたようです。

33年後、昭和63年瀬戸大橋全線開通・・・

 

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