最初に結論として双極性障害について言っているけど話が二転三転する。なぜかというと上の文章書いたと思ったら下の文章が思いついてそれについて書いて、いったりきたりして支離滅裂だけど、それが双極性障害。そういうことも含めて双極性障害ってこんなんなんだと見てくれたらいいと思う。

 

精神障害系のノンフィクション系の本をみるとやっぱり最後は書籍化して自分らしく生きていくんだ、みたいな話が多いように感じる。途中まで共感してそれを読んでいてもやっぱり最後はそれで萎えてしまう。結局それはその人にそういった才能とその才能を活かせる環境を運良くみつけたからじゃないんのか、と。結局どれも、共感できる部分もあるけど参考にはならなかった。

 

特にうつ病の体験談。どの体験談をみても「自分はこんなに頑張ったから結果としてうつ病となったんだ」みたいな導入で始まることが多いように思った。それが一因ではあることもあると思うけれど、「こんなに頑張ったからうつ病になったんだよ、仕方ないよね」といっているようにしか見えないと思う。理由としての頑張り、過労。それらを否定はしない。そういうキャンペーンがあったからこそ、うつ病になったとき、「あの人は頑張り過ぎていたんだな、休むのが大事だね」という認識が広まったこともまた事実であると思う。ただ、残業を何百時間も続けた、休みをとらなかった、何日も寝ていないといった誰にでも納得してもらえるような体験があると、うつ病であることに一種の罪悪感を感じることもある。うつ病には胸を張っていえるうつ病とそんな客観的にみてわかりやすい理由がないため誰にもいえず、こそこそと日陰で孤独に戦わざるをえないようなうつ病も存在する。

 

そもそも精神障害は原因が分かっていないものも多い。ある程度の仮説はあるけれど、ほとんどはこういう症状があるからこういう病気だよねという程度でしかないと思う。むしろ「こういう薬が効いたからこういうことが原因じゃないか」と逆説的な考え方もあるくらいだから。精神障害においてはすべてがわかりやすい原因がありその結果、こういう病気になったというようなものだけではない。ストーリー性としては原因があって結果がある方がわかりやすく読みやすいが実際にそんな分かりやすいものであればどんなによかったことか。実際私もそういう経緯もあってわかりやすい「原因」を必要としたし、原因がみつからないから結局苦しい。だからこそ最初にあげた体験談が参考にならないこともあったし、もう少し多様なアプローチがあってもいいんじゃないかと思った。そのためにわざわざほぼ推敲しないような駄文を挙げているわけだしこれもほぼ見返してない。精神障害なんて大抵自分では論理的、端から見たら支離滅裂、最後にストーリーとしてまとめてようやくわかりやすくなるみたいなところもある。

 

そんな動機もあってか、せっかくだからブログという媒体も使って自分を主人公におもいつくままに書いてみる。双極性障害はこんな風に思考がいったりきたりしてるんだ、とか自分は健常者だけどやっぱりそういうところは誰にでもあるよね、とか思うように見てもらうためにほぼ編集せずに書いていこうと思っている。いまストロングゼロを飲んだから酔ってその勢いで書いているかもしれないし、だからこそ消すかもしれないがそれすらも双極性障害の特徴としてとらえてもらえるといいかもしれない

 

とりあえずこんな感じでスタート。