仕事をやめるときに私みたいなはみ出しものはどうしても甘えではないか、と考えてしまう。それが仕事を続けるにしても、確信をもってやめるにしても邪魔なので仕事中に考えてみた。
取り急ぎ昼休みにメモをしている。
私は自分の人生にも拘わらず甘えているか、甘えていないかといった他者が判断するものを参考にしている。それはある種当然のことで今後就職活動をするときに私のような空白のある人間はなぜやめたのかは必ず聞かれる。そのときに甘えでやめたと自分で思ってしまったり、相手に思われてしまったらせっかくの機会をふいにしてしまうこともある。その恐怖から甘えが重要な判断基準となっている。
実際はまれであるかもしれないが引きこもりでも従業員を大切にしてくれる会社に出会えるかもしれないし、出会うこと自体が時と運でしかないし、すべての事象を把握できない以上いい加減な予測で動かなければならない。むしろ、動かないと危ないからそういった意味では動いているアピールをするために仕事を続けることが外聞をよくする上で重要なのかもしれない。
甘えについて仕事中に考えていてふと思ったことがある。それについて考えたとき自分はこれを恐れていたのかと納得したことがあるのでそれをメモしてまた後で見直そうと思う。
私が仕事をやめるかやめないか、甘えかそうでないか考えているときにふと周りをみた。
相変わらず工場の壁は所々剥がれているし、虫除けのカーテンは破れて意味をなしていない。有給もない。この間ボーナスをもらったが、社長はそれをボーナスと言っているのに対して、周囲の人間はそれを寸志と言い直していた。
この会社は従業員のことを考えてもいないし、それに対して従業員もこんな会社と言い、社長を敵視している。それにも拘わらず仕事に対しての妥協はなく、少しでも妥協が見られれば注意をされる。それに10分前には仕事に入り、休憩にもちょっと過ぎた頃にでて10分前には戻る。定時から5分くらいすぎてようやく帰る。
これは社会人として当然かもしれないが、その社会人として当然が私の判断を邪魔しているのかもしれないと思った。
ここから話は変わり妄想になる。
なぜ、この状況でもクオリティを維持し続けようとするのか不思議だった。
文句を言いながらも仕事が続いているのは休みが少ないとはいえ土日休みであるのと立地によるものであることがほとんどであると思う。それは今はおいておく。
ともかく私が疑問に思ったのはどうして報われないのに忠誠心が高いのか、である。
まるで宗教を信仰する敬虔な信徒であるかのように仕事に対しては真摯である。
そう思ったとき、日本人は信心がないとは言われつつも実はかなり根強い信仰心があるのではないかと思った。
休憩が終わるのでとりあえずここまでメモとして残しておく。
キーワード、周囲の目、常識、存在がある、自己責任論、報われていないのは信仰がたりない、異端の排斥、排斥されることに対する恐怖と排斥されないことに対する安心感
取り急ぎ昼休みにメモをしている。
私は自分の人生にも拘わらず甘えているか、甘えていないかといった他者が判断するものを参考にしている。それはある種当然のことで今後就職活動をするときに私のような空白のある人間はなぜやめたのかは必ず聞かれる。そのときに甘えでやめたと自分で思ってしまったり、相手に思われてしまったらせっかくの機会をふいにしてしまうこともある。その恐怖から甘えが重要な判断基準となっている。
実際はまれであるかもしれないが引きこもりでも従業員を大切にしてくれる会社に出会えるかもしれないし、出会うこと自体が時と運でしかないし、すべての事象を把握できない以上いい加減な予測で動かなければならない。むしろ、動かないと危ないからそういった意味では動いているアピールをするために仕事を続けることが外聞をよくする上で重要なのかもしれない。
甘えについて仕事中に考えていてふと思ったことがある。それについて考えたとき自分はこれを恐れていたのかと納得したことがあるのでそれをメモしてまた後で見直そうと思う。
私が仕事をやめるかやめないか、甘えかそうでないか考えているときにふと周りをみた。
相変わらず工場の壁は所々剥がれているし、虫除けのカーテンは破れて意味をなしていない。有給もない。この間ボーナスをもらったが、社長はそれをボーナスと言っているのに対して、周囲の人間はそれを寸志と言い直していた。
この会社は従業員のことを考えてもいないし、それに対して従業員もこんな会社と言い、社長を敵視している。それにも拘わらず仕事に対しての妥協はなく、少しでも妥協が見られれば注意をされる。それに10分前には仕事に入り、休憩にもちょっと過ぎた頃にでて10分前には戻る。定時から5分くらいすぎてようやく帰る。
これは社会人として当然かもしれないが、その社会人として当然が私の判断を邪魔しているのかもしれないと思った。
ここから話は変わり妄想になる。
なぜ、この状況でもクオリティを維持し続けようとするのか不思議だった。
文句を言いながらも仕事が続いているのは休みが少ないとはいえ土日休みであるのと立地によるものであることがほとんどであると思う。それは今はおいておく。
ともかく私が疑問に思ったのはどうして報われないのに忠誠心が高いのか、である。
まるで宗教を信仰する敬虔な信徒であるかのように仕事に対しては真摯である。
そう思ったとき、日本人は信心がないとは言われつつも実はかなり根強い信仰心があるのではないかと思った。
休憩が終わるのでとりあえずここまでメモとして残しておく。
キーワード、周囲の目、常識、存在がある、自己責任論、報われていないのは信仰がたりない、異端の排斥、排斥されることに対する恐怖と排斥されないことに対する安心感