OTSURUちゃんの四方山話 -2ページ目
大阪の緊急事態宣言は長かった
大阪府の感染者が1000人を超えて、
勢いが止まらず感染爆発、
そして医療崩壊
OTSURUの元職場
(2021年9月30日退職)
大阪府内の大病院
あの時医療は完全に崩壊していた
実際に
病院の実情と
医療現場の最前線で働く方々を見ていた
OTSURUは
コロナの患者さんが横たわるベッドの
ガラス一枚隔てたところまで
入っていく仕事だった
レッドゾーンで働く
ドクターや看護師は
毎日疲労困憊で
心身ともにギリギリのところで
使命感をもって自分の犠牲は当たり前
他府県からの応援の方々も来られ
出来る限りの医療を
24時間体制で頑張っていた
コロナ仕様の完全防備に着替え
レッドゾーンに入っていく看護師たちは
宇宙に飛び立つ
宇宙飛行士のように
覚悟を決めて凛々しかった
OTSURUが勤務する病院では
今年のGW明けの頃は
コロナ以外の病気や怪我では、
ICUでは治療が出来なかった
それまでにICUにいた患者さんは
一般病棟に移るか
転院を余儀なくされ
すべてのICU病床が
コロナ専用になっていたからだ
急を要しない
手術を予定している患者さんは
手術日を無期延期
手術したらその後
必ずICUで見まもらなければならないのに
ICUにはその病床がないからだ
病院のすぐ横で
交通事故にあっても
この病院では
外科手術を受けることが出来ない
この間
ほとんどの手術は
ストップしていた
高齢者の
ワクチン接種が始まったころ
医療関係者は
次の順番で
高齢者に接種を行う
医師・看護師は接種がまだの状態
誰が考えても
おかしな状況
高齢者の時期より
かなり遅かった
そして副反応を考慮し
病棟の看護師が一度に
接種することが出来ず
全員が終わるまでに
かなりの期間を要した
同じ医療現場で働く
薬剤師や看護助手などは
たとえその担当がICUであっても
ほとんど一般人と同じレベルの扱いだった
OTSURUたちのような
周りをサポートする
医療従事者は
自分の順番を待つ間は
自分で自分を守り、
自分の家族や
自分の周囲の者たちへの配慮は
自分で責任を持つしかなかった
いつも気を緩めることなく、
基本に忠実に、予防をすること。
現在ワクチンは
どうやら希望する者には
ほとんどいきわたったようだ
しかしいつまで続くかわからない「コロナ禍」に、
慣れや油断を避け、
命を守る行動に終始一貫心がけねばならない
二度と
あのような医療現場を
作り出さないために
OTSURUは運転します
運転大好きです
車の免許は
子供を産んでから
子供を教習所の託児所に預けて
取得
以前は街乗りだけで
子供の送り迎え
買い物とか
遠方に行くときは
必ず夫の運転で
それが
2020年から
いろいろなことが重なって
最大の目的は
おかあちゃんの病院に
毎月一回行かなければいけない
病院は他県にある
何回か公共交通機関を使って
行ってきた
自宅→バス→JR→JR→
私鉄→私鉄→病院
乗換やら何やらで
片道5時間
これはこれで
楽しかった
久しぶりの
特急や
新幹線
高速バス
いろんな方法で行ってみた
そしてついに
車で
自分の運転で行きたくなった
もちろん高速を走るんだ!
自分の力で行きたい!!
それにはナビが必要だ!
ってことで
元々中古で買っていた軽を
ナビ付の中古の軽に買い替え
2020年2月29日
初めて高速をぶっ飛ばし
おかあちゃんの入院している病院まで
行った
爽快だったわあ
ステージが上がった気がした
この歳で初高速
いいじゃな~~い
助手席には
誰も乗せない
一人で行くんだ
集中したいし
大声で歌いたいし
SAやPAも
なんの予定もないから
「はいっちゃおうかな~」
みたいにはいって
「ちっちゃいわあ
何もないとこやった」
ってスルーして出てくる
自由気まま
ほんっとに楽しい
でも
疲れるよ
片道3時間
往復6時間
日帰り有
疲れるけど楽しい
心地よい疲労感
それから毎月1回
車でおかあちゃんの病院へ
ところが
また「コロナ」やん
行っても直接面会できない
病院の特設ルーム
(と言ってもあれは職員さんの食堂かな)
でリモート面会
画面に映る
おかあちゃんと
画面越しに対面
病気で会話がままならないから
そばにいてくださる
看護師さんの通訳も入りながら
約15分
細々とした事務処理を
受付で済ませて
それが終わると
次の月の予約をして
帰宅
そんなことを
毎月続けている
コロナが蔓延してきたのは2020年1~2月ごろ
まさかこんなことになるとは思っていなかった
この頃から
マスクが不足してきて
だんだん、危機感が出てきた
4月ごろには
かなりの感染者が出て
OTSURUの職場は
マスクはない
院内の状況は日々変化していく
右往左往始めたころだった
そんな大事な時に
2020年5月
OTSURUは何ともドジで間抜けで
左足の小指を骨折して
全治三週間
お仕事休まないといけなくなった
もう最悪
今、仕事が一番大事な時でしょ!!!!
っていうのに
しかし
腫れあがった左足には
固定され靴も履けない
情けない左足
こんな私に
出来ること
なんかないかなあ
で
ここで思いついたのが
マスク作り
でした
もうずいぶん前から
手作りマスクを作っている方もおられました
それでも
何かの役に立てればと
Google先生に教えていただいて
もう十何年使ってないミシンを取り出し
怪我をしていない右足を使って
百均で布地を買って
作ってみました
初めは
迷惑かけてる同僚に
と思っていたが
そこそこの出来で
調子に乗って
通販で生地を買っては
毎日少しずつ作り続け
仕事復帰してからも
どんどん作り続け
ブログ書いてる時間があれば
マスク作ろう!と決めて
夏
秋
冬
春
夏
秋
ずっと一年半
いまだに
手作りマスクを作っています

こんな感じ
以前に西村大臣が付けていた
「大臣マスク」といった形のものです
いろいろ作ったけど
これが一番作りやすくて
無駄な生地が出ない
だいたい
表地2mの生地で
裏生地も2m使って
40枚のマスクが出来ます
せっかく神職のOTSURUですから
それを
神社でお祓いします
疫病退散
除災招福
御祈祷済みです
付加価値も付けました
カードを同封して
お渡ししています
それが積もり積もって
今までに3000枚以上
神社の氏子さん
医療関係の方々
学校の先生
社会福祉に従事されている方
いろいろ お渡ししました
まとめて
「よろしかったら手作りですが
皆さんでお使いください」
とお渡ししています
みなさんが全員
喜んでいただけるものとは思っていません
でもお一人でも
使いやすいな
とか
嬉しいなと
想っていただければ
それだけで・・と
続けています
OTSURUの手元には
100枚ほど残っているかな
最初の頃は
マスク不足で
この作業も有意義だったかもしれませんが
今は
「マスクは不織布!」ということもありますし
お渡しすることに
いささか戸惑いはありますけれど
作っていて楽しくて
ライフワークになっています

