OTSURUちゃんの四方山話   -2ページ目

OTSURUちゃんの四方山話  

「洞不全症候群」でペースメーカを入れるために入院したら
「ブルガダ症候群」であることが判明し
2013年にICD(埋め込み型除細動器)を入れました
ICDのペーシング機能と除細動機能に守られて
「普通」の生活を送っています 
     

大阪の緊急事態宣言は長かった

 

大阪府の感染者が1000人を超えて、

勢いが止まらず感染爆発、

そして医療崩壊

 

OTSURUの元職場

(2021年9月30日退職)

大阪府内の大病院

 

あの時医療は完全に崩壊していた

 

実際に

病院の実情と

医療現場の最前線で働く方々を見ていた

 

OTSURUは

コロナの患者さんが横たわるベッドの

ガラス一枚隔てたところまで

入っていく仕事だった

 

 

レッドゾーンで働く

ドクターや看護師は

毎日疲労困憊で

心身ともにギリギリのところで

 

使命感をもって自分の犠牲は当たり前

 

他府県からの応援の方々も来られ

 

出来る限りの医療を

24時間体制で頑張っていた

 

コロナ仕様の完全防備に着替え

レッドゾーンに入っていく看護師たちは

宇宙に飛び立つ

宇宙飛行士のように

覚悟を決めて凛々しかった

 

 

OTSURUが勤務する病院では

今年のGW明けの頃は

コロナ以外の病気や怪我では、

ICUでは治療が出来なかった

 

それまでにICUにいた患者さんは

一般病棟に移るか

転院を余儀なくされ

 

すべてのICU病床が

コロナ専用になっていたからだ

 

急を要しない

手術を予定している患者さんは

手術日を無期延期

 

手術したらその後

必ずICUで見まもらなければならないのに

ICUにはその病床がないからだ

 

病院のすぐ横で

交通事故にあっても

この病院では

外科手術を受けることが出来ない

 

この間

ほとんどの手術は

ストップしていた

 

 

 

高齢者の

ワクチン接種が始まったころ

医療関係者は

次の順番で

 

高齢者に接種を行う

医師・看護師は接種がまだの状態

 

誰が考えても

おかしな状況

 

高齢者の時期より

かなり遅かった

 

そして副反応を考慮し

病棟の看護師が一度に

接種することが出来ず

全員が終わるまでに

かなりの期間を要した

 

同じ医療現場で働く

薬剤師や看護助手などは

たとえその担当がICUであっても

ほとんど一般人と同じレベルの扱いだった

 

OTSURUたちのような

周りをサポートする

医療従事者は

自分の順番を待つ間は

自分で自分を守り、

自分の家族や

自分の周囲の者たちへの配慮は

自分で責任を持つしかなかった

 

いつも気を緩めることなく、

基本に忠実に、予防をすること。

 

現在ワクチンは

どうやら希望する者には

ほとんどいきわたったようだ

 

しかしいつまで続くかわからない「コロナ禍」に、

慣れや油断を避け、

命を守る行動に終始一貫心がけねばならない

 

二度と

あのような医療現場を

作り出さないために

OTSURUは運転します

運転大好きです

 

車の免許は

子供を産んでから

子供を教習所の託児所に預けて

取得

 

以前は街乗りだけで

子供の送り迎え

買い物とか

 

遠方に行くときは

必ず夫の運転で

 

それが

2020年から

いろいろなことが重なって

最大の目的は

おかあちゃんの病院に

毎月一回行かなければいけない

 

病院は他県にある

 

何回か公共交通機関を使って

行ってきた

 

自宅→バス→JR→JR→

私鉄→私鉄→病院

 

乗換やら何やらで

片道5時間

 

これはこれで

楽しかった

 

久しぶりの

特急や

新幹線

高速バス

 

いろんな方法で行ってみた

 

そしてついに

車で

自分の運転で行きたくなった

 

もちろん高速を走るんだ!

自分の力で行きたい!!

 

それにはナビが必要だ!

 

ってことで

元々中古で買っていた軽を

ナビ付の中古の軽に買い替え

 

2020年2月29日

初めて高速をぶっ飛ばし

おかあちゃんの入院している病院まで

行った

 

爽快だったわあ

 

ステージが上がった気がした

この歳で初高速

 

いいじゃな~~い

 

 

助手席には

誰も乗せない

一人で行くんだ

 

集中したいし

大声で歌いたいし

 

SAやPAも 

なんの予定もないから

 

「はいっちゃおうかな~」

みたいにはいって

 

「ちっちゃいわあ

何もないとこやった」

ってスルーして出てくる

 

自由気まま

ほんっとに楽しい

 

でも

疲れるよ

 

片道3時間

 

往復6時間

 

日帰り有

 

疲れるけど楽しい

 

心地よい疲労感

 

それから毎月1回

車でおかあちゃんの病院へ

 

ところが

また「コロナ」やん

行っても直接面会できない

 

病院の特設ルーム

(と言ってもあれは職員さんの食堂かな)

でリモート面会

 

画面に映る

おかあちゃんと

画面越しに対面

 

病気で会話がままならないから

そばにいてくださる

看護師さんの通訳も入りながら

約15分

 

細々とした事務処理を

受付で済ませて

 

それが終わると

次の月の予約をして

帰宅

 

そんなことを

毎月続けている

コロナが蔓延してきたのは2020年1~2月ごろ

まさかこんなことになるとは思っていなかった

 

この頃から

マスクが不足してきて

だんだん、危機感が出てきた

 

4月ごろには

かなりの感染者が出て

 

OTSURUの職場は

マスクはない

院内の状況は日々変化していく

 

右往左往始めたころだった

 

そんな大事な時に

2020年5月

OTSURUは何ともドジで間抜けで

左足の小指を骨折して

全治三週間

 

お仕事休まないといけなくなった

 

もう最悪

 

今、仕事が一番大事な時でしょ!!!!

 

っていうのに

 

 

しかし

腫れあがった左足には

固定され靴も履けない

情けない左足

 

 

こんな私に

出来ること

 

なんかないかなあ

 

 

ここで思いついたのが

マスク作り

でした

もうずいぶん前から

手作りマスクを作っている方もおられました

 

それでも

何かの役に立てればと

 

Google先生に教えていただいて

もう十何年使ってないミシンを取り出し

怪我をしていない右足を使って

百均で布地を買って

 

作ってみました

 

初めは

迷惑かけてる同僚に

と思っていたが

 

そこそこの出来で

調子に乗って

 

通販で生地を買っては

毎日少しずつ作り続け

 

仕事復帰してからも

 

どんどん作り続け

 

ブログ書いてる時間があれば

マスク作ろう!と決めて

 

 

 

ずっと一年半

 

いまだに

手作りマスクを作っています

 

 

こんな感じ

 

以前に西村大臣が付けていた

「大臣マスク」といった形のものです

 

いろいろ作ったけど

これが一番作りやすくて

無駄な生地が出ない

 

 

だいたい

表地2mの生地で

裏生地も2m使って

 

40枚のマスクが出来ます

 

せっかく神職のOTSURUですから

 

それを

神社でお祓いします

 

疫病退散

除災招福

御祈祷済みです

 

付加価値も付けました

 

カードを同封して

お渡ししています

 

 

 

それが積もり積もって

 

今までに3000枚以上

 

神社の氏子さん

 

医療関係の方々

 

学校の先生

 

社会福祉に従事されている方

 

いろいろ お渡ししました

 

まとめて

「よろしかったら手作りですが

皆さんでお使いください」

とお渡ししています

 

みなさんが全員

喜んでいただけるものとは思っていません

 

でもお一人でも

使いやすいな

とか

嬉しいな

想っていただければ

それだけで・・と

続けています 

 

OTSURUの手元には

100枚ほど残っているかな


 

 

最初の頃は

マスク不足で

この作業も有意義だったかもしれませんが

今は

「マスクは不織布!」ということもありますし

お渡しすることに

いささか戸惑いはありますけれど

 

作っていて楽しくて

 

ライフワークになっています