お虫様 | 大塚角満オフィシャルブログ「大塚角満のブログ」Powered by Ameba

お虫様

 オヤジが手作りで建ててくれて以来、長年使い続けているガレージの屋根が壊滅した。長期間使い続けたことによる経年劣化と、度重なる雨や風の影響で波状なまこ板の屋根はベキベキのボロボロに割れまくり、穴が開くわ一部がちぎれてどっかに飛んでいくわでエライ状態になっていたのだ。これでは、ガレージの中のバイクや自転車が“屋内に置かれているのに水浸し”という不思議な立場におかれてしまうので、しばらく前に屋根全体を巨大なブルーシートで覆ってやった。これで、強風による波状なまこ板の破壊は防げるようになったのだが、そもそも見た目が悪いのと、雨水がブルーシートのいたるところに滞留してボウフラの巣を形成してしまっているのがどうにも具合が悪かった。そこでついに一念発起し、この週末に波状なまこ板を総とっかえすることにした。

 思った通り、作業はたいへんだった。まず、丸1日使って屋根のブルーシートと残っていた波状なまこ板の残骸を撤去する。当然ながら作業は、劣化の激しい木造手作りガレージによじ登ってのものとなり、ちょっと身じろぎするだけでギシギシキィキィとあちこちからイヤな音が響いて俺のキモを冷やしまくる。その音はまるでガレージが「ちょっとでもヘンなことしたらいつでも崩れて落としてやるかんな」と言っているようで、不気味この上なかった。

 それでもどうにか屋根の下作業を終え、夜は酒を飲みながら『ダークソウル』にどっぷりと溺れてから心地よい眠りにつき、作業班はさわやかな日曜の朝を迎えた。朝飯を食べて2時間ほど『ダークソウル』に没頭し、さんざん心を折ってから「涼しいうちに屋根をやってしまおう」ということになって、我々は元気に庭に飛び出した。庭に止めてあるクルマを移動して作業スペースを作り、屋根作業班と庭木の伐採班に分かれて仕事を始める。しかしすぐに、庭木作業班のS君から何かを訝る声があがった。

「なんかよく見ると、バラの葉という葉が虫に食われているみたいなんだけど……」

 言われてみると確かに、全長5メートルほどに成長したツルバラの大木は、ほとんど葉をつけていなかった。落葉しただけではなく、わずかに残っている葉は、明らかに虫の歯型だらけになっている。なんかイヤな予感……。すると今度は、やたらと庭に群生してしまったシソの木を引っこ抜いていたHが、断末魔の悲鳴を上げた。

「あっ!! デタ!! シソの葉っぱの裏にイラガの幼虫がいる!!!」

 ぎゃああああ!! 今年も来たかイラガ問題!!! 我が家の3名はドタドタとシソの木に群がり、カワサキカラー(蛍光グリーンってことね)の美しいボディーに凶悪な毒針を無数に生やした、地上最悪ルックスの毛虫の姿を認める。今年はシーズンになってもイラガのフンが庭に落ちていなかったので「うん、今年は大丈夫みたいだ!」と安心していたんだけど、ヤツらは音もなく忍び寄ってしっかりと庭木を蝕んでいやがったのだ。年に1回必ず家にやってくる親戚のおっさんかこいつらは。

 例年、イラガは柿の木だけを攻撃していたんだけど、タチの悪いことに今年はシソの葉、バラの葉、そしてキンモクセイの葉にまで手広く事業を広げていることがその後の調査で確認された。ちょっと木を伐って葉を見ると「あ!! イラガだ!!」。屋根の作業中にガレージの柱を見ると「ああ!! イラガが這ってる!!」。伐採した葉っぱを詰め込んだゴミ袋を覗き込むと「袋の内側をイラガがよじ登ってる……」。もう、イラガイラガの大合唱。ヤケクソで『イラガ音頭』でも作って踊りたくなるくらい、俺たちは“イラガ”という単語を連呼しまくった。

 しかしそのうち、隣家のIさん宅の旦那さんが、庭いじりのために外に出てきた。Iさん宅の庭は狭いけどきれいに手入れがされていて、季節ごとの草木で彩られている。当初、俺とS君はIさんの存在など気にせずに「イラガ! イラガ!!」と叫び続けていたのだが、Hが慌ててヒソヒソ声で、我々に釘を刺した。

(ちょっと! Iさんに聞こえるよ! なんとなく決まりが悪いから、今後“イラガ”は禁句!

 言われてみると確かに、もしもIさん宅の植物にイラガが発生したとしたら、ウチが諸悪の根源として白い目で見られる可能性がある。俺とS君は黙って頷き、“イラガ禁句”を肝に銘じた。

 しかしいくら言葉を我慢しても、目の前ではカワサキカラーの毛虫が元気にウネウネしている。それを仲間に知らせるための言葉がないのは、なんともストレスが溜まるものだ。どうやらS君も俺と同じ気持ちだったらしく、ついに言葉を発してしまう。

「うわ! またデタ!!」

 チラリとS君のほうを見る俺とH。その視線に気付いたのだろう、S君は「イラガ」という単語を瞬時に飲み込み、つぎのように言葉を発した。

お虫様が現れました!!」

「ぶっ!w」と吹き出す俺とH。しかし、イラガをオブラートに包んだこの言い回しはなかなか見事で、以来我々は“お虫様”を連発するようになる。

新たなお虫様発見! 駆逐します!w」

「こちら、お虫様が2匹連なっています!w」

お虫様を発見したらバケツに! まとめて抹殺します!!」

 Iさんもまさか、“お虫様=イラガ”だとは思うまい。

 その後俺たちは数時間かけて屋根を張り替え、庭の木々に殺虫薬をたっぷりと散布してその日の作業を終えた。そして2時間後の庭には、殺虫薬にやられたイラガどもがポトポトと地面に落ちて、力尽きている姿があった。