親父のじゃがいも
ちょっと前に書いた、いきなり実家の親父がやってきたときのお話。
◆◆◆
珍しく仕事が早く終わり、午後9時過ぎの自宅でビールを飲んでポケ~ッとしていると、いきなり「ピポンッ!!」とインターホンが鳴らされた。
「うわっ! び、びっくりしたぁ~!」
我が家の古いインターホンは、いきなり聞かされると確実に5センチくらい飛び上がってしまうほど、質実剛健な音がする。……まあインターホンなんて99パーセントくらいはいきなり聞かされるものではあるが、それにしてもウチのソレは必要以上に大音量だと思う。
まあそれはいいんだった。
俺は夜の突然の来訪者に若干ながらイラつき、「誰だよ、こんな時間に……」とブツブツ言いながら玄関に向かう。そしてぶっきらぼうな声で「どなた?」とひと言。すると、この声に勝るとも劣らないダークな声で、インターホンを鳴らした人間がこう応えた。
「……あん? なんだヒデ、いたんか」
紛れもない群馬弁が、来訪者の正体を告げていた。俺の親父だ。
なぜ平日のこんな時間に、親父はひとりでやってきたのか。午後9時なんて、ほぼ100パーセントの確率で我が家には誰もいない。なので俺は不機嫌さを隠さない尖った言葉を、そのまま親父にぶつけた。
「どうしたんだよ突然。こんな時間、ふつうだったら誰もいないぜ」
俺の言葉に含まれていたトゲが刺さったのか、親父も負けじと不機嫌そうな声を出した。
「これ届けたら、すぐにけえる(帰る)よ。上り込みゃしねえよ」
群馬弁は基本、言葉が荒くて汚い。群馬の人どうしの会話を他県の人が聞くと「ケンカしてる……」と思ってしまうほどだ。でもこのときのやり取りはそれを差し引いても、トゲが入りまくりだったなといまになって思う。俺は低い声のまま、短い言葉を親父に返した。
「コレ? コレって何?」
親父は無言で、玄関から出て行った。俺は慌てて、その後を追う。すると親父が消えたその先に、彼の小さな軽自動車が止まっているのが見えた。
「ホレ、これ」
声がしたほうに駆けていくと、親父が大きな段ボール箱を抱えて立っているのが見えた。「ん?」と言いながらそれを受け取ると、強烈な重力に引っ張られた段ボール箱の重さに、思わず肩が抜けそうになる。
「うわ!! 重っ!!」
ついつい悲鳴を上げる俺。するとその様子を見て、親父が初めてちょっとだけ笑った。
「野菜だよ。ウチの畑で採れたやつさー。タマネギと、じゃがいもな。あと、1個だけきれいに渦を巻いたキャベツができたので、それも入ってる」
ああ、そういうことか……。
じつはこの数日前、親父から1通のメールが届いていた。慣れないメール操作のせいか恐ろしくつたない文章で、つぎのようなことが書かれていた。
「野菜またおくる、つきましてはいつがいいでしょうか」
なんでか知らないが、やたらと絵文字やら飾り文字やらが使われているメールを苦笑い含みで眺めてから、俺は無機質な返事を返した。
「何日の何時ごろに家にいられるかわからないから、スケジュールがはっきりしたらメールするよ」
これに対する反応は何もなかったのだが、どうやら親父は「んなの待ってらんねえから直接持っていっちまえ」と決断したらしい。それがこの日の“実力行使”につながったようだ。
「じゃあな。帰るよ」
野菜を俺に渡して満足したのか、親父は本当にそのまま帰ろうとした。しかし、軽自動車で2時間以上もかけてやってきた67歳の父親を、このまま帰すわけにはいかないではないか。俺は、重い箱を抱えたままぶっきらぼうに言った。
「ちょっと待てよ。上がってお茶でも飲んでけよ」
これを受けて、親父は言った。
「んじゃ悪りぃけど、冷たいものでも1杯もらうかな」
そう言うと親父は軽自動車の助手席に潜り込み、小さな袋を取り出した。(ん? それは何だ?)という思いが顔に出たのだろう。親父は俺に向かって、若干恥ずかしそうな顔でこんなことを言った。
「クルマん中で食おうと思って、さっきコンビニで弁当買ったんだわ。せっかくだから、お茶もらいながら食うべかな」
俺、半分怒った口調で親父に言う。
「はあ!? んなの、群馬に持って帰れよ。この野菜で、俺がメシ作るからさー。俺もまだ、メシ食ってねえんだし」
親父は頭を掻きながらコンビニの袋をクルマに戻し、「悪いんね。じゃあお言葉に甘えるかね」と言って俺についてきた。その表情は、ちょっとだけうれしそうだった。
その後、俺は親父が持ってきたタマネギとじゃがいもを使ってジャーマンポテト風の煮物を作り、いっしょに入っていたキュウリと塩コブをあえた得意のおつまみも作成した。料理が完成するころには我が家のメンバーも帰ってきていたので、俺は安心して酒を飲みながら、野菜料理を突っついた。親父は採れたての新鮮なものを持ってきてくれたのだろう。タマネギもイモも、ちょっとビックリするくらいおいしかった。
そして親父は午後11時過ぎに、「泊まっていけよ」という制止の声を振り切って再び軽自動車に乗り込んで帰っていった(彼は下戸なので酒は飲んでいないのだ)。親父はクルマの運転はプロだし、慣れた道なので大丈夫だとは思ったが、歳も歳なので心配である。
(まったく、人騒がせな……)
心落ち着かないまま、ゴロゴロとする俺。そんな午前1時過ぎに、俺の携帯に親父からのメールが届いた。
「無事にいま群馬に着いたんよ ごはん ありがとな おいしかった」
ちょっとだけほっこりとした気分になって、俺は布団の上で目を瞑った。
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珍しく仕事が早く終わり、午後9時過ぎの自宅でビールを飲んでポケ~ッとしていると、いきなり「ピポンッ!!」とインターホンが鳴らされた。
「うわっ! び、びっくりしたぁ~!」
我が家の古いインターホンは、いきなり聞かされると確実に5センチくらい飛び上がってしまうほど、質実剛健な音がする。……まあインターホンなんて99パーセントくらいはいきなり聞かされるものではあるが、それにしてもウチのソレは必要以上に大音量だと思う。
まあそれはいいんだった。
俺は夜の突然の来訪者に若干ながらイラつき、「誰だよ、こんな時間に……」とブツブツ言いながら玄関に向かう。そしてぶっきらぼうな声で「どなた?」とひと言。すると、この声に勝るとも劣らないダークな声で、インターホンを鳴らした人間がこう応えた。
「……あん? なんだヒデ、いたんか」
紛れもない群馬弁が、来訪者の正体を告げていた。俺の親父だ。
なぜ平日のこんな時間に、親父はひとりでやってきたのか。午後9時なんて、ほぼ100パーセントの確率で我が家には誰もいない。なので俺は不機嫌さを隠さない尖った言葉を、そのまま親父にぶつけた。
「どうしたんだよ突然。こんな時間、ふつうだったら誰もいないぜ」
俺の言葉に含まれていたトゲが刺さったのか、親父も負けじと不機嫌そうな声を出した。
「これ届けたら、すぐにけえる(帰る)よ。上り込みゃしねえよ」
群馬弁は基本、言葉が荒くて汚い。群馬の人どうしの会話を他県の人が聞くと「ケンカしてる……」と思ってしまうほどだ。でもこのときのやり取りはそれを差し引いても、トゲが入りまくりだったなといまになって思う。俺は低い声のまま、短い言葉を親父に返した。
「コレ? コレって何?」
親父は無言で、玄関から出て行った。俺は慌てて、その後を追う。すると親父が消えたその先に、彼の小さな軽自動車が止まっているのが見えた。
「ホレ、これ」
声がしたほうに駆けていくと、親父が大きな段ボール箱を抱えて立っているのが見えた。「ん?」と言いながらそれを受け取ると、強烈な重力に引っ張られた段ボール箱の重さに、思わず肩が抜けそうになる。
「うわ!! 重っ!!」
ついつい悲鳴を上げる俺。するとその様子を見て、親父が初めてちょっとだけ笑った。
「野菜だよ。ウチの畑で採れたやつさー。タマネギと、じゃがいもな。あと、1個だけきれいに渦を巻いたキャベツができたので、それも入ってる」
ああ、そういうことか……。
じつはこの数日前、親父から1通のメールが届いていた。慣れないメール操作のせいか恐ろしくつたない文章で、つぎのようなことが書かれていた。
「野菜またおくる、つきましてはいつがいいでしょうか」
なんでか知らないが、やたらと絵文字やら飾り文字やらが使われているメールを苦笑い含みで眺めてから、俺は無機質な返事を返した。
「何日の何時ごろに家にいられるかわからないから、スケジュールがはっきりしたらメールするよ」
これに対する反応は何もなかったのだが、どうやら親父は「んなの待ってらんねえから直接持っていっちまえ」と決断したらしい。それがこの日の“実力行使”につながったようだ。
「じゃあな。帰るよ」
野菜を俺に渡して満足したのか、親父は本当にそのまま帰ろうとした。しかし、軽自動車で2時間以上もかけてやってきた67歳の父親を、このまま帰すわけにはいかないではないか。俺は、重い箱を抱えたままぶっきらぼうに言った。
「ちょっと待てよ。上がってお茶でも飲んでけよ」
これを受けて、親父は言った。
「んじゃ悪りぃけど、冷たいものでも1杯もらうかな」
そう言うと親父は軽自動車の助手席に潜り込み、小さな袋を取り出した。(ん? それは何だ?)という思いが顔に出たのだろう。親父は俺に向かって、若干恥ずかしそうな顔でこんなことを言った。
「クルマん中で食おうと思って、さっきコンビニで弁当買ったんだわ。せっかくだから、お茶もらいながら食うべかな」
俺、半分怒った口調で親父に言う。
「はあ!? んなの、群馬に持って帰れよ。この野菜で、俺がメシ作るからさー。俺もまだ、メシ食ってねえんだし」
親父は頭を掻きながらコンビニの袋をクルマに戻し、「悪いんね。じゃあお言葉に甘えるかね」と言って俺についてきた。その表情は、ちょっとだけうれしそうだった。
その後、俺は親父が持ってきたタマネギとじゃがいもを使ってジャーマンポテト風の煮物を作り、いっしょに入っていたキュウリと塩コブをあえた得意のおつまみも作成した。料理が完成するころには我が家のメンバーも帰ってきていたので、俺は安心して酒を飲みながら、野菜料理を突っついた。親父は採れたての新鮮なものを持ってきてくれたのだろう。タマネギもイモも、ちょっとビックリするくらいおいしかった。
そして親父は午後11時過ぎに、「泊まっていけよ」という制止の声を振り切って再び軽自動車に乗り込んで帰っていった(彼は下戸なので酒は飲んでいないのだ)。親父はクルマの運転はプロだし、慣れた道なので大丈夫だとは思ったが、歳も歳なので心配である。
(まったく、人騒がせな……)
心落ち着かないまま、ゴロゴロとする俺。そんな午前1時過ぎに、俺の携帯に親父からのメールが届いた。
「無事にいま群馬に着いたんよ ごはん ありがとな おいしかった」
ちょっとだけほっこりとした気分になって、俺は布団の上で目を瞑った。