マゾライダー | 大塚角満オフィシャルブログ「大塚角満のブログ」Powered by Ameba

マゾライダー

※2007年の冬に書かれたエッセイです。


 久しぶりに時間が取れそうだったので、バイクで海のほうまで行ってみようと計画を立てた。遠出というと関越自動車道を使って群馬や長野に行くことが多い俺だが、なんとなくそっち方面は"極寒"というイメージが強くて踏ん切りがつかなかった。なので今回は常磐自動車道を使って、茨城県のひたちなか市を目指すことに決めた。勝手なイメージで、茨城は群馬や長野よりは暖かいだろうと観測しての出撃だった。しかしこれは、大きな間違いだった。

 午前9時30分、ロードスターウォーリア1700に跨った。最近はこいつにばかり乗っている。本当はドゥカティ996にも乗りたいのだが、長距離走行がめっちゃ苦手なスタイルということと、まだリコールの修理に出していないことなどがネックになって、今回も相棒はウォーリアとなった。本当は、いまいちエンジンに元気がないウォーリアもプラグの交換などしてリフレッシュしたいところなのだが、タンクの外し方がよくわからないためそれもできず、だましだまし乗っているような状態ではある。でもどうしても遠出したかったので、ウォーリアに火を入れた。

 東京外環自動車道の草加インターチェンジから高速道路に乗る。じつに寒いとにかく寒い寒いったら寒い! 上下ともschottの革ジャン、革パンで完全武装しているのに、歯がガチガチいうほど激しく震える。(ああ、俺はなんで涙が勝手に流れてくるほどの寒風に打ちのめされながらも、アクセルをひねることをやめないのだ……。でもアクセル戻したら、高速道路に立ち往生だな……)なんてことをニヒルに考えているうちに、常磐道の守谷サービスエリアに到着した。

 俺は高速道路のサービスエリアが大好きな人間だ。ツーリングに出る目的の大きな部分を、"サービスエリアでの休憩"が占めているほど。寒い冬は熱いコーヒーを、熱い夏は冷えたアイスコーヒーを、どばどばと喉に流し込む。この瞬間の言いしれぬ快感は、ライダーになってみないとわからないはずだ。この日も俺はホットコーヒーの紙コップを持ったまま、二輪駐車場のそばに佇んでいた。するとそこに、非常に目立つ形をした、真っ赤なバイクが滑り込んできた。

 そのバイクはなんと、イタリアの有名メーカー、MVアグスタが誇るセレブバイク"ブルターレ"だった。実物を見たのはこれが初めてだが、やはり信じられないくらい美しい。雑誌で見る以上だ。俺はフラフラと吸い寄せられるようにブルターレに近づいていって、オーナーの男性に気安く声をかけた。「これ、ブルターレっすよね! 初めて見ましたよ!」。俺と同い年くらいと思しきその人は嬉しそうにニコニコ笑うと、「そうですそうです! ブルターレです! いやあ、知っている方がいて嬉しいなあ!」と言った。

 その場で俺とブルターレさんは、20分ほどもバイク談義に花を咲かせた。俺が高速道路のサービスエリアに惹かれるもうひとつの理由がこれで、バイク乗りどうしはじつに気軽に、お友だちになれちゃったりするのである。ライダーはとにかく、自分のバイクの自慢がしたくてたまらない人種。たくさんのバイクが集う高速道路のサービスエリアは、オノレ自慢の展示場みたいなものなのだ。なので知らない人にバイクのことで話しかけられるのは、ことのほか嬉しいものなのである。ライダーは怖そうに見えるが、じつはすごくフレンドリーに話し相手になってくれる人々でもあるのだ。

 ブルターレさんは、じつに気分のいい人だった。俺がブルターレにホレボレしているのと、同じタンブリーニデザインのドゥカティ996も所有していることが嬉しくてたまらなかったようで、「このサービスエリア内で乗り回してきていいですよ!」なんて言うではないか。しかしこのブルターレというバイクは恐ろしいことに、なんと型によっては新車で450万もするのだ。ずうずうしく値段を聞いたら「信じられないことに乗り出しで175万だったんですよ! しかも走行2000キロで! もう買うしかないっしょ!」とのことだったのだが、さすがに気後れして試乗は遠慮させていただいた。しかしちゃっかり跨らせてはもらった。マッシブな外観とはうらはらにじつにしっくりくる乗り心地で、とても運転しやすそうな印象。女性でもまったく問題なく乗り回せるだろう。俺がそう感想を述べると、ブルターレさんは「その通りです」とうなずきながら、「しかし驚異的に燃費が悪く、リッターで9キロしか走りません。しかも買って半年で3回入院しました。じつに困ったヤツです」と、まったく困っていない顔で嬉しそうにそう言った。そういうヤンチャな部分も含めて、このバイクが大好きなのだろう。

 そして俺たちは笑いあいながら、「またどこかでお会いしましょう」と言って別れた。名前も連絡先も交換しなかったのだが、お互い珍しいバイクに乗っているので、いつかどこかで会える気がした。

 ブルターレさんに会うまで、(寒くてちにそうなので、今日はもう守谷で引き返そう)なんて軟弱に考えていたのだが、俄然元気が沸いてきてしまった。俺は再びウォーリアに火を入れて、高速道路を走り始める。しかしいくら元気が出たところで、寒いことは変わりがない。俺はサービスエリアやパーキングエリアで休憩しまくりながら、なんとか目的地のひたちなか市に到着した。

 ひたちなか市は、よく晴れていた。とりあえず目的地として設定しておいた国営ひたちなか海浜公園から、きれいな水平線が見える。頭の中で遊佐未森が"雲のない青空は~♪"と澄んだ声で歌い始めた。身体が硬直するほどの寒さに震えながらここまでやってきたが、なんか、報われた気がした。

 ひたちなか海浜公園で2時間ほど休憩してから、俺は家路についた。気温はますます下がり、手足の感覚が麻痺しはじめる。ここまで身体が冷えてくると、自分はいったいなんのためにバイクに乗っているのか、ということがわからなくなってくる。どう考えても車のほうが快適だし、大勢で出かけることもできる。それでも車じゃなく、バイクに乗るライダーたち。これはもう、マゾの世界だ。一定レベル以上のライダーたちは、マゾヒストに違いない。家に到着し、湯船に張ったお湯に冷え切った足を入れて「ポゥ!!」とマイコーばりの叫び声をあげた瞬間、俺はそう、確信した。