走るおばさん | 大塚角満オフィシャルブログ「大塚角満のブログ」Powered by Ameba

走るおばさん

 12月半ばのとある平日。時間はそう、夜の11時すぎだったと思う。

 寒い夜だった。

 会社帰りの人の波に乗って駅の改札を抜け、駐輪場までとぼとぼと歩いて自転車に跨る。田舎駅とはいえ、忘年会シーズンということもあってかこの時間でも人は多く、駅前交差点は徒歩の人と自転車の人とでなかなかの賑わいだった。俺はそんな人ごみを横目に見ながら、シャカシャカとペダルを回した。

 しばらく進むと駅前の喧騒が夢だったかのように、まわりに人がいなくなってしまった。まあこれは、いつもどおりの風景だ。交通量もまばらで、モノノケが出るにはもってこいの雰囲気でありました。

 ふと気がつくと、のんびりと自転車をこいでいた俺の背後から、なにやら脅迫めいた耳障りな音が迫ってきていた。文字に表すと、

 シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ!

 という、坊さんも裸足で逃げ出すと思われるほど緊迫したシャカシャカ音。なんだなんだこの音は。俺はペダルを踏む力を弱めて、後ろを振り返った。

 すると片側1車線の車道をはさんだ向かい側の歩道に、着膨れした50がらみのおばさんがシャカシャカと大げさな音をたてながら一生懸命自転車をこいでいるのが見えた。

「なあんだ、おばちゃんが自転車に乗ってるだけか」

 俺はホっとしながらも、ちょっと強くペダルを踏み込んだ。おばさんとわかったとは言っても、やはりあのシャカシャカ音は薄気味の悪いものがある。スピードを出して、おばちゃんを振り切ろうと思ったのだ。

 ところが。

 シャカシャカ音は遠くなるどころか、ドップラー効果よろしく背後から忍び寄ってきたかと思うと、いつの間にか俺の真横に並び、そして気がつくと前方から聞こえてくるようになった。「え?」と思って反対側の歩道を見ると、シャカシャカおばちゃんが俺の前方を走っている。おかしいな。俺、けっこうスピード出したのに……。しかも、この日俺が乗っていた自転車は、我が家に3台ある自転車の中でもっともスピードが出るマシンであった(27インチで非常に漕ぎやすい)。俺はほんの少しプライドを傷つけられ、ペダルをこぐ足に力を入れた。(全力で走って振り切ってやるわ!)。そう思った。

 うおおおお! 俺はこいだ。こぎまくった。かつてスポーツマンとしてならした俺が、50過ぎ(勝手な想像)のおばちゃんにチャリのスピードで負けてなるものか。

 ガシャガシャガシャ……。

 ここ何年かではいちばん思いっきり自転車を走らせた実感があった。スピードも相当出ていたはずである。

 しかし……。

 いつまで経っても、俺はおばちゃんに追いつくことができなかった。ペダルを踏んでも踏んでも、おばちゃんはシャカシャカシャカシャカと奇妙な音を立てながら、俺の前を走っているのである! しかも、まったく急いでいるふうもなく、平然とペダルを踏んでいる……。一瞬、電動アシスト自転車かとも思ったのだが、どう見てもそのような機構はついていない。このおばちゃんは、いったい……。

 深夜のデッドヒートは、いつの間にか暗闇に消えていったおばちゃんの圧勝で終わった。

 いつかまた、あのシャカシャカ音が背後から忍び寄ってきたら、俺は命を懸けて全力疾走を試みようと思う。山姥に追いかけられた小坊主のように……。