買い物を終え、予定を少しオーバーした１６時４０分に私は町立病院に到着する。夕方近くになったせいか車も混みだして多少焦ったが、木下幸代さんに告げていた時間を１０分程遅れて何とか辿り着く事が出来た。

３０２号室に入院していらっしゃるというのは分かっていたものの、診療科目ごとに部屋はそれぞれ違う様で、戸惑った私は受付で尋ねてみる。

「すみません…　」

「はい」

「あの…木下幸代さんに面会で来たのですが、どちらの病棟になりますか？　」

個人情報の影響か、突然訪れた部屋すら知らない見舞客に、受付の女性が怪訝そうな顔に見えてしまい敢えて言う。

「あ、３０２号室というのはご本人から聞いていますので…　」

すると受付の女性はまるで確認する様に私が抱えていた見舞いの手提げを見た後、タブレットに目を落とした。

「放射線科の３０２号室になります。この下の緑の線に沿ってお進みください」

「あ、はい。ありがとうございます」

女性に頭を下げ、言われた緑の線に沿って院内を歩く。こんな施設の中で「集金」というのも何だか気が引けてしまうが、彼女なりの誠意なのだろう。

３０２号室は４人部屋で、プレートに「木下幸代」の名前も挙がっている。少し間を置いてドアを３回、ゆっくりノックした。そして「失礼します」と断って私はドアを開ける。

左右に２床ずつあるベッドのうち、手前はカーテンが掛けられていて、中で休んでいるのか姿は見えない。奥に目をやると右側で鼻腔にチューブを通している木下幸代さんの姿が目に留まる。

彼女はゆっくりと頭を起して、私に会釈する。思わず私は手を前に出して「いいから頭を上げないで」と無言でサインした。想像以上に深刻な状態だと悟った私は、こんな日に自分が訪れてしまった事を少し後悔した。

「お久しぶりです…木下さん、大丈夫ですか…　」

「はい…　」

同時に彼女が集金を急いだ訳も、なんとなく理解出来た気がした。彼女は自分の自由が利かなくなる前に何とか私との契約を完了したいと考えたのだろう。そんな彼女の気持ちに頭が下がる思いを持ちながら、仕事とはいえ、申し訳ない気持ちも重なってしまう。

「本当に今回は色々とお世話になりました…まさか啓二が見つかるなんて、夢の様です…　」

「すみません。もっと早く、ご報告出来れば良かったのですが」

「そんな事はないですよ。想像していたよりも早かった、充分です…　」

彼女はそう言ってニコリと微笑んだ。

「どうでしたか？元気に暮らしていたでしょうか？　」

「勿論です。介護施設で立派にお仕事なさっています」

「そう…　」

彼女がそう言いながらそっと目を瞑ると、目尻から涙が頬を伝ってきた。反射的に、また私の悪癖が出てしまう。

「実は木下さんに是非会いたいと言っていました。木下さん、彼と直接面会なさってみては如何ですか？　」

すると彼女の目がまたパチッと開いて私の顔を見る。そして…

「嬉しいけど…私ももう駄目みたいです。こんな体で啓二に会うのは…　」

（続く）

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桜の花弁が舞い散る頃（52）