また、強い地震があり、(茨城県北部は震度5強)津波警報が出て、


会社は退勤指示が出て、常磐線は止まってしまって、雷雨になって、


その後も揺れ続けて。。。。。。



でも、こうして、揺れ続けて怖い、と感じる、書けるだけ、幸せという


ことです。


先月の地震というより大津波では、多くの人や物が流されて、亡くなられたり


行方知れずになったりしました。


いまでも、テレビによれば、1万人以上の方が行方不明で、15万人という人が


避難生活を送られています。




仙台、石巻、南三陸、気仙沼、陸前高田、釜石、大槌、宮古、田老・・・・


仙台を除いて、親戚知人もいません、すんだこともありません。


でも、中学卒業の春休みに、一人旅行したときは、岩泉から田老に抜けて、宮古に


泊まり、釜石から遠野へ行ってから、陸前高田へ出て、気仙沼では大島へ渡り、


ワカメをいっぱいもらったのでした。


それ以来、何度となく、あの長い海岸線へは、出かけてきました。


鉄研の50周年列車で気仙沼線を走ったのは、ほんの1年半前です。


1000年に一度という地震ということなら、自分が出くわしていても、おかしくないとも


思うのです。 



それだけに「なにかしなくては」なのですが、義援金に募金するのが精いっぱいです。



今回は、家だけでなく、漁業にしろ農業にしろ加工工場にしろ生活全てを破壊されてます。


ゼヒ、義援金は、公共施設ではなく、それらの個々人の再スタートのために、貸付なんかでなく、


分配に近いかたちでもいいと思います。 配分する役目は大変でしょうが・・・それこそ国の


出番・・・配ったらいかがでしょうか。   といっても、300億円あったって、15万人では


一人20万円か。