昨晩、ですが、NHKのヒストリア(歴史秘話)で、
宮沢賢治のサラリーマン時代(最晩年)を取り上げていました。
最晩年、といっても、30代で亡くなっていますから、35歳前後
のことなのですが。
実は、彼が、サラリーマンをやった、というのは、初めて知りました。
それも、松川(大船渡線の陸中松川)の砕石会社に勤めていたとは!
そこは、78年?に廃業したそうですが、DE10の重連貨物が何本も
一関まで走っていたのです。 夜中に、音を取りに行ったことが
ありました。。。。
で、「雨にも負けず」
(http://www.mm-labo.com/culture/WiseSaying/a/amenimomakezu.html )からコピー
雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしは
なりたい
この詩が、最後の方で読まれたのですが、
寮の食堂で食事しながら、でしたけど、
ウルウルとしちゃいました。
今でも、文字を目で追って、日照りの時 になっちゃいます。
でくのぼーは、しかたないです。