帝劇9Fにある『出光美術館』へ行ってきました
今、出光美術館で開催されているのは・・・
『生誕300年記念
池大雅 ー陽光の山水』
今、マイブームの『絵師もの小説』
※絵師もの小説とは、室町時代から江戸時代に活躍した日本画家や浮世絵師を題材として書かれた小説(例えば、狩野永徳や葛飾北斎などの生涯を描いた小説)
少し前に読んだ澤田瞳子・著の『若冲』は、江戸時代の伊藤若冲の絵師もの小説ですが、その中に同時代に活躍した池大雅も登場します
読後・・・内容はともかく、伊藤若冲の作品を見てみたいと思い調べてみましたが、作品が見られる場所を見つけられませんでした
調べている途中で、出光美術館で池大雅の作品が見られることを知り、さっそく出かけてきました(先日、湯島から亀戸へと梅観賞へ行く途中で『出光美術館』へ寄りました)
ちなみに、池大雅とは(美術手帳H.P.によると)・・・
なんと!池大雅の作品中で、3点ある国宝の内、2点が展示されている!(重要文化財8点も)という、お得感一杯の美術展です
『若冲』の小説内に登場したものの、『池大雅』の事はよく知らない日本画初心者なので・・・ググってみました
美術手帳のH.P.によると・・・
「池大雅は18世紀に活躍した文人画家
1723(享保8)年、京都の町人の子として生まれ、その才能は早熟で、7歳のときに万福寺で書を披露し絶賛されている
1737(元文2)年、亡き父の通称であった菱屋嘉左衛門を襲名し、扇屋を開いた
禅僧との交流のなかで大陸の文物にふれていた大雅は、文人趣味の扇絵を描いていたという
この前後に柳沢淇園と出会い、絵を学び、20代の模索の時代には、指頭画(筆のかわりに手指を用いて描く)などにも挑戦した
やがて、旅行や登山が好きだった大雅は、自らの足で歩き実際に見た景色を数多く描き(真景図)、中国絵画の模倣に終わらない、のびのびと大らかな画風を確立し定評を得ていく
経済的な余裕はあまりなかったが、金銭には無頓着で、当時の文化人たちと親しく交遊し、自らの理想とする文人生活を送っていたとされる
1771(明和8)年に与謝蕪村と描いた《十便十宜図》(※国宝、今回の美術展で期間を分けて各2点づつ全20点展示されています)は、日本近世の文人画の双璧による記念碑的合作である
妻の玉瀾も文人画家であり、風変わりながら仲むつまじい夫婦の逸話が伝わる
1776(安永5)年没」
池大雅が活躍した同時代に、円山応挙、伊藤若冲、与謝蕪村、谷文晁などがいます
おそらく、今回の展示の一番の目玉作品は、国宝『楼閣山水図屏風』(東京国立博物館所蔵)でしょう!(~2月25日までの展示)
写真撮影は不可(館内全て)なので、フリー画像からお借りしました
狩野派の金ピカでもなく、水墨画のような静けさでもなく・・・しかし、空想の世界と目の前で実際見た風景を合体させて作り上げた幽玄な風景の中に、息吹く人の姿が生き生きと描かれている・・・そんなような気がします(素人の所見です)
池大雅の作品は、全体的に優しい感じがしました
自然の穏やかさや人々の朗らかさ・・・きっと、池大雅がそのような人物だったのではないか?と想像できます
もしくは、戦が続く時代が終わり、江戸時代という平穏な時代で、穏やかさや朗らかさが評価されるのは必然なのかもしれませんね
室町から戦国時代、そして安土桃山時代という激動の時代に活躍した狩野永徳や長谷川等伯などとは、明らかに違っているように僕には思えました
池大雅の作品を見た直後だからか、9階の外を見渡せる場所から見た風景は、一幅の絵画のようでした
池大雅や伊藤若冲、はたまた狩野永徳や長谷川等伯、葛飾北斎や喜多川歌麿たちが生きていたなら、現代の東京をどのように描くのだろう?
・・・見てみたい!!
既読の絵師もの小説
『等伯』(安倍龍太郎・著)、長谷川等伯(安土桃山時代)
『若冲』(澤田瞳子・著)、伊藤若冲(江戸時代)
『黒龍賦』(葉室麟・著)、海北友松(安土桃山時代)
『花鳥の夢』(山本兼一・著)、狩野永徳(安土桃山時代)
そして、待機中のものが4作品あります(主に浮世絵師もの)
2024.2.22.(猫の日だニャ~)
東京・武蔵野ほっこり町あるき
大野義昭