私がいつも感じる感情・・・・喜ぶとか満足するとか。。。。うれしいとか・・・腹がたつとか・・・悲しいとか・・・・


そういう出来事は泡(アブク)だと思っている。


大海の底からポコッと泡がはじける感じと言う表現が近いかもしれません。


昨日も書いたのですが、言葉以前の世界から時々、泡が発生してはじけるのが意識の世界だと・・・・


無意識とか潜在意識という言葉を使いますが、これは意識の反対語でなく、意識は無意識の大海に浮かぶ泡・・・・の島??。


意識は無意識に包括されている。


意識には言葉やら感覚やらがギューーと詰まって、まとまっている状態。


それ以前の状態が無意識。


何が言いたいのかと言うと(笑)


意識は絶対的なものではないし、ゆるぎなく存在するものではない。


泡だから・・・


なのに・・・


人類はそれをゆるぎないものになんとかしようとして、この世界を作り上げてきた。


うーーん。。。なんとなく泡かも??なんてわかってはいたけど。。。でも動かない石だと思いたかったというのが正直なところなのかもしれません。


人類が作り出すものは泡ではないでぇ~と・・・・


でも泡に過ぎない・・・・それをまず理解しないとどうにもならない。


意識は連続しない。点滅・・・しているだけ。


5分前に考えていたことを思い出せる人は少ないだろう。


よほど何かに怒り怨み苦悩する事に集中していれば別だろうが、普通に暮らしていれば、自分が何を意識して生活しているかなんて。。。。とどめて置けないもの。


自分は何を考えて、どう行動して、何をしゃべっているか・・・・ほとんど無意識でやっている。


金魚の水槽のブクブクのようなものです。


水中の底から泡が出て上昇し水面ではじけて消える・・・その繰り返し。


楽しい泡、苦しい泡。。。。悲しい泡・・・・・


泡・・・・

にも関わらず私達は事が連続しているように感じ・・・・自分や世界が安定して、目の前の事が絶対的であると思い込んでいる

昔から意識を手放せという・・・・・無になれと・・・いう格言がある。


意識にとどまろうとすると溺れる。


だから泡にすがるのではなく、無意識の海を自由に泳ぎまわれるようになればいい。


金魚のように・・・・


それが意識を手放すという事。

でも社会で生活する以上は手放せないし、手放すと危険だ。。。。




現代人の気持ちはどうしてこうも定まらず、混乱しているのか。

無意識の海で溺れている人類。


私達は意識以外のものを信じる力が欠如し、想像する事ができない生物になってしまった。。。。


目の前で絶え間なくはじける泡に囚われ、挙句に泡に溺れる。


大海を観る目は退化してしまった・・・

自分自身の深い内面を観る目が消え・・・外側にばかり目が行ってしまう。


私達は何かの魔術にかかってしまっているのかもしれません。






もしかしたら私

また樹海にはまっているようですね(笑)

歩いていると時々迷う樹海・・・・今回はいつ樹海から出れる事やら。。。。トホホホ