彼はお正月1月3日にマンションから飛び降りて自殺をした。


しかしお正月ということもあるのか、あまりテレビのワイドショーでは報道されなかった。


議員時代の彼の印象と言えば、言動のひどさしか思い当たらない。


テレビに出てるのを見ると・・・頭悪そうやな~と思っていた。


そんな荒(あら)くたいタイプの人間(あくまでも私の印象)が自殺したというから、どうしても気になった。


でもテレビでもあまり報道されず、飯島愛さんの時とはえらい違い。 で、自力で調べてみた。。。。。。


色々と家庭事情は複雑なようだけど、金銭的には裕福で(というより裕福すぎる)あまり我慢するということを知らずに育ったような雰囲気の生い立ちだった。


ウキペディアを見ると華麗なる経歴が並んでいる。


1969年生まれ 【慶應義塾志木高等学校】→【東京大学工学部物理工学科卒業】→【大蔵省入省】


大蔵省で勤めながら【カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)MBA課程留学しMBAを取得している】


6年間勤めた後【大蔵省退官】それから政治の世界に入る。


慶應 東大 大蔵省・・・・・キャリアというのですね。


その後・・・・ 彼が29歳の頃【古川元久衆院議員の公設秘書となり】たった一年で総選挙に初出馬し、初当選(2000年30歳の頃)。


それはそれはとっても順風満帆な人生のように見える。


また実父が九州の医療法人財団会長を務める国内有数の資産家らしく(もちろん医者ですけど)、永田氏が政治家になり、活動的できたのは潤沢な資金援助があったかららしい。


実父は息子永田氏の応援に、選挙区の千葉県八千代市に学院や病院、看護サービス施設まで建てるという応援ぶり。


通常は駅前などに立ち、街頭演説をして県民に顔を覚えてもらうのだけども、彼は莫大な資金にものを言わせて選挙区の新聞折込広告で選挙活動を行うのである。


いい案ですよね。簡単にたくさんの人に知ってもらえる。


もちろん初出馬で初当選・・・・・ そして今から5年前の2004年、航空会社の元客室乗務員と結婚。


挙式は千葉マリンスタジアムを借り切り、岡田克也代表らも列席した大規模なものだった。


翌年長女が誕生。


これは光の部分です。


私には闇と思えませんが、一般的に闇と言われる部分もあります。


人間らしくていいのですけど・・・・ つづく