先日死刑についての 文章を書いた。



小難しいことを考えているね~と読者の方から笑われましたけど・・・・・



言葉って本当に難しいと思った出来事があった。



知人が連続幼女殺人事件の犯人が死刑になった日にブログをアップしていた。(ミクシーですが)



読んだらもろ「死刑賛成」論。



それも簡単に「死で償え的」に書いてあり、死刑賛成!と声高々に表現してたのですけど・・・・



それを読んで、そんな簡単に言ってもいいのかな~???なんてふと思った。



まあそのまま読み逃げスルーで終わったが、翌日その日記は炎上していたらしい。



彼女はびっくりして、すぐにその記事を削除した。



そして翌日お詫びの記事を書いたような書いていないような・・・・グダグダのまま、これからも仲良くしてください、と締めくくっていた。



結局のところ、彼女は自分の書いた死刑賛成の意見を、論理的に人々が納得できるように説明し伝えることができなかったということである。



そもそも説明できるほど簡単な問題ではない・・・・・



「言葉は命なのである」と池田晶子さんは言っていた。

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人は言葉なしには生きてはゆけないのだから、言葉とは、すなわち命なのである。



なのに現代人はすっかり思い上がっているから、人間が言葉を使っていると思い込んでいる。

しかし逆である。



言葉に逆上した人間が殺人を犯すとは、人間が言葉に使われているまぎれもない証拠である。


(『勝っても負けても 41歳からの哲学』「言葉の力を侮るなかれ」より)

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言葉には人の気持ちを左右させるだけの力がある。



だから気をつけなければいけない。



ただの一般人のブログが炎上する世の中、、、、、、



ものすごく厳しい・・・・



それぞれ意見が違っていいじゃない・・・・という発想にはならないみたいですね。



同じ人間はいないのだから、人と自分は違うということがわかれば、今よりはもう少し静かな世の中になるような気がするのですけど・・・



まあ、確かにあまりにも簡単に安易に死刑賛成と言ってしまうこともどうかと思うし、自分と違う意見や正論から離れた言葉に過剰に反応する方にもどうかと思う。。。。



どんな内容でもちゃんと考えれば、一つの答えを出すことはできない。



それでもなんとか答えを出しながら自分の考え方を定めていく。



そういうことをやらないで短絡的に物事を黒か白かで簡単に決めて片付けてしまうのが今の時代の象徴。。。。



良いか悪いか・・・・で言うと。。。。それは悪いに決まっている。



もっともっと人間は考える必要がある。



人間だけが考える力を持った不完全で反自然的な生物なのですからね。


お釈迦様もキリストさんもあれだけ言ってもまだ人類は平和になんてなりゃしない・・・・


彼らが死んで何千年なのさ・・・・


それぐらいに人間は。。。。。愚か者なのですかね。。。。。



私ももちろん愚か者です。。。。。


小さいことに右往左往し、

寛大な気持ちにちっともなれやしないのさ(=_=;)