47歳で自ら自分の生を断ち切った道江


彼女の人生は振り返ると心が落ち着く暇がなかっただろうと・・・・想像できる。


生の断ち切り方に見てとれるように、必ず他者を巻き込む形をとる。

無意識だから仕方がないが、自分自身で物事を刈り取るという謙虚さは微塵も感じられない人。
物事を納める事がとってもヘタで悪い方、不幸な気持ちなる方なる方へと持っていくのである。
ある意味その変は天才的才能があった。


その才能は死んでからも発揮され続けている。

死んでも尚、私を通してこの世の中で生き続ける方法を習得して、いまだにその効力は弱まることを知らない。


そうあの人は昔からずるかった。真っ向から一度も勝負をしたことがない人だったと今思う。


だって・・・電車に飛び込むとしても・・・来る電車に背中を向けて線路に正座するかぁ~

見ず知らずの電車の運転手さんの心にも一生残ることになる。(ほんと申し訳ない・・)


運転手さんはかなりびびったそうだ・・・・
まああとの阪和電車への保障の方がこっちとしたらびびるけど・・・


いつも少し変わった方法で自分を表現していた。あの人は一体どんな育ち方をしたのだろう・・・


先日も書いたけど、道江は4人姉妹の3番目。

4人の中で長女、次女は堅実な人で、しっかりとした人生を歩んでいる。ある意味超まともな人生。
三女の道江は言うまでもなく、こんな感じでしょ・・・・


四女もこれまたちと・・・・私の常識センサーの琴線にビンビン触れる、非常識な女である。
まあこの四女のことはどうでもいい・・・多分もう一生会うこともないだろうし・・・


道江は27歳で私を産んだ。そして19年後の47歳になる直前に死んだ。
短い人生であったけど、濃厚な時間であっただろう・・・


詳しくは知らないが・・・・・道江は私を生む前に一度結婚している。

田舎の旧家で大家族に嫁いだ。


大変な家だったらしい・・・・で、結局、半ば家から追い出さるように伊丹の長女の所に舞い戻ってきた。


長女の好子おばちゃんが言うには、体重が半分くらいになって身も心もボロボロになって帰ってきたと言っていた。


その体験は道江にとってかなりのダメージだったに違いない。


彼女はそのダメージ・・・挫折感や自己否定感などの自分の苦しみ悲しみに巻き込まれ破滅していったのだろう。


恐らく元々、とっても上昇志向の強い人であったのだと思う。


彼女は自分の不足感、枯渇感、寂寥感、不安感、恐怖、恐れを男で補おうとしていた。


何度失敗しても視点を変えることができなかった。


例えば子供に走るとか・・仕事に走るとか・・・趣味を作るとか・・・もう少しましな自分だましのテクニックや建設的は依存の仕方を覚えてほしかったのだが・・

男が救ってくれないとわかると・・酒に走った・・・・・


男に絶望し、もう生きていることができない、ゆえに自虐的に酒を飲む。


自分で自分をごまかしながら、死を待つ、そんな感じ。


そんな破綻した人間に育てれたのだから、私がまともであるはずがない・・・